李信の最後は悲惨?嫁が超大物で子孫が王様になったって本当か

秦の始皇帝に使えた将軍・李信

マンガ「キングダム」の主人公として活躍し、大将軍を目指す少年「信」

その最期とは、一体どういうものだったのか?

そして彼の「嫁」は、一体どういう人だったのか?

そんな李信の子孫には、大物が多いらしい。誉れ高き「名将」や、「王様」まで輩出したとの噂も。

もしかして、彼の嫁は大物だったのか?


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この記事を短く言うと

・李信の最期ははっきりしていないが、秦国滅亡前には亡くなってた

・妻は、「羌瘣」という噂もあるが、おそらく「河了貂」

・李信の子孫には「李広」や「李暠」などの、大物が多い


《李信の功績と、最後とは?》

春秋戦国時代、大陸では「戦国七雄」と呼ばれた7カ国が争っていました。

その中でも「秦」という国が、「秦王・贏政」のもとで、他の「六国」を圧倒し、全土を支配しようとしていたのです。

そんな贏政・・・後の「始皇帝」には、信頼していた1人の若き将軍がいました。

彼の名は「李信」

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人気漫画「キングダム」では、その「李信」の若き頃「信」を主人公として、壮大なドラマが繰り広げています。

さて、将軍・李信とは一体どういう人物なのか?


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李信の功績

彼がたてた武功として有名なのは、紀元前226年、始皇帝を暗殺しようと目論み、暗殺者「荊軻」を差し向けた燕国の太子(王位継承権1位の王子)である「丹」を討ち取ったということでしょう。

他にも、紀元前222年、趙国王族の生き残りである「太子・嘉」が、趙国滅亡後にたてた国「代」に、王賁とともに攻め込んで、その「代王・嘉」をとらえて滅ぼしています。

「太子・嘉」・・・・「キングダム」では李牧が期待をかけて

「彼が王になれば趙国に光が指す」

とまで言った「名君」の片鱗をみせた人物・・・実は李信の手で滅ぼされていたのですね。

さらに李信は、紀元前221年、六国最後の一つ「斉」を、王賁とともに攻め滅ぼしてます。

キングダムでは、斉国の王「王建王」が、贏政に降伏するシーンがありましたが・・実際には斉国の内部が秦国の工作員によって支配されてたため、降伏するしかなかった・・というだけの話です。

輝かしい功績ですが・・・・実は李信の最も有名なエピソードは輝かしいものではなく、「大敗北」エピソードなのです。


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「覇王の祖父」に大敗北

紀元前225年、「韓」「趙」「魏」を滅ぼし「燕」を滅亡寸前まで追い込んだ秦王・贏政は、六国の中で最も強大だった「楚」の国を攻めることを決定。

そこで、将軍たちに「どれくらいの兵力が必要か?」と尋ねたのです。

すると、老練な名将「王翦」は「60万」と、秦国全軍を要求。

対して若く勇猛な「李信」将軍は、「20万」と応えたのです。

勇敢な李信将軍の言葉に満足した秦王・贏政は、彼に楚征伐を命令しました。

蒙恬将軍とともに出陣した李信は、残念ながら、「楚の虎」こと「項燕」大将軍に大敗北を喫したのです。

その項燕大将軍は、この直後に60万の軍を率いた「王翦」に敗北し、楚国は滅亡。

ちなみにこの「項燕」は、後に秦国を滅ぼし、「西楚の覇王」を自称した「項羽」の祖父。

この「項羽」の父、つまり「項燕」の息子が誰なのかは、はっきりしていません。

漫画「キングダム」には「莫邪の宝剣」を振り回す「項翼」なる将が登場しています。

もしかしたら、この「項翼」が、「項羽」の父という設定なのかもしれません。


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謎に包まれた「李信」の最後

実は、李信がどういう最後を迎えたのかは、はっきりわかっていません。

ただ、六国最後の「斉」を、彼が滅ぼしているところからして、秦の統一時点で生きていたことは確かでしょう。

秦国は紀元前207年に、さきほどご紹介した「西楚の覇王」こと「項羽」の手で滅亡していますが、そのときの戦乱において李信という名前の将軍は全く登場してきません。

秦の将軍だった李信が、秦国の危機に全く戦わないなんてことは、考えにくいです。

おそらくこの時、李信は既に亡くなっていたのでしょう。

秦国統一から14年の間に亡くなった・・・ということです。

秦国は六国を滅ぼした後、南方へ遠征し「広州・福建・ベトナムのハノイ」方面へ侵攻していますので、もしかしたらこれらの戦争で命を落としたのかもしれません。

ちなみに、南方平定の後、秦国は北のモンゴル方面へ進軍。

このモンゴル方面の司令官は、李信の盟友である蒙恬将軍でした。


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《嫁は誰?》

李信には数多くの有名な子孫がいることが判明しています。

子孫がいる・・・ということは、子供が当然いた事になりますし、妻もいたことになるでしょう。

では、その妻とは、誰なのか?

マンガ「キングダム」を見てみると、後の「李信」こと「信」の妻となるだろう候補の人物が、何人か登場しています。

軍師(参謀)「河了貂」、女剣士「羌瘣」、特にこの2人が有力候補でしょう。

他に女性キャラといえば、始皇帝仕えの女官「陽」、この人は2ちゃんねるで、「史実上の李信の妻」と言われていましたが、情報元が「2ちゃんねる」なので、信憑性にかけています。

他には「楊端和」などの女性キャラが現れていますが・・・おそらく「山の王」なんて言われている楊端和さまと信が結ばれる展開は考えにくいでしょう。

さて、最も有力な候補としては「信の子供を産む」と宣言していた「羌瘣」と、「キスシーン」を演じた「河了貂」でしょう。

噂によると、「河了貂」は、史実でも「李信」の妻・・・ということになってるそうですが・・・・そうなの?調査してみたところ、裏が全く取れませんでした・・信憑性に欠ける気がします。

そもそも「河了貂」は、キングダム・オリジナルの創作キャラだという噂ですしね。

史実上の李信将軍の妻は、名前が不明・・・誰だかわからないというのが現状です。

嫁は身分の高い女性だったのではないでしょうか。

秦の始皇帝からかなり信頼されていたことが予想される「李信」

おそらく始皇帝による斡旋で、妻を娶ったのでは?

そして、漫画「キングダム」では、「河了貂」が妻となるのではないでしょうか。

羌瘣は?・・・おそらく側室・・・って感じに・・・・。

でもそんな事になったら、「飛信隊」の主力・羌瘣と、軍師・河了貂が敵対することにならない?なんだか恐ろしいことになりそうな気がしてなりません・・・。


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《子孫は「名将」や「王様」》

2200年後の現代にまで、その名を残した名将・李信。

彼の子孫には、高名な人物が多いことで有名です。

大将軍「李超」

マンガ「キングダム」では「李信」は「天下の大将軍」になることを夢見て奮闘しています。

そんな李信の息子「李超」は、秦滅亡後、「覇王・項羽」に勝利して天下統一を成し遂げた国「漢」で、父と同じく大将軍となっています。

それにしても、なぜ秦国滅亡のきっかけにもなった「漢」の大将軍に、なぜ秦国大将軍「李信」の息子が就任できたのか?

おそらくですが、李超は秦国滅亡の際に、漢の初代皇帝「劉邦」に協力して、秦国を見放したのでしょう。

李超は、機を見るに敏だったのかもしれませんね。


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悲劇の名将「李広」

更には、前漢の最盛期を築き上げた名君「漢の武帝・劉徹」に仕えた名将・李広もまた「李信」の子孫です。

李広は、匈奴・・・つまりモンゴルの騎馬民族との戦いで戦功を上げ、「飛将軍」とまで呼ばれた名将。

この李広という将軍は、非常に有能な将軍でしたが、モンゴル軍との戦いで、彼の部隊が道に迷って戦場に到着できなかったため、それを恥じて憤死(自決)しています。

三国志に登場する最強の猛将『呂布』は、彼になぞらえてなのか「飛将軍」と呼ばれています。

そして、李広は非常に清廉潔白な人で有名でした。

彼は非常にたくさんの人から慕われ、いつも部下が彼のもとに集ったことから

「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」

ということわざが出来たほど。

「桃やスモモの木は口をきかないが、それでもその下には人が集まり、道が出来上がる」

という意味ですが、俳優の松坂桃李さんの名前は、このことわざが基となっていますし、吉祥寺の「成蹊大学」も、このことわざから命名された大学です。

李広将軍の人柄は、日本にも影響を及ぼすほどだったみたいです。


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武昭王「李暠」

西暦400年・・五胡十六国時代に「西涼」を成立させて、王に即位。

417年に病死するまで、王で居続けた人物。

貿易や商業、農業を奨励し、安定した国造りを成し遂げた王様だったようです。

詩仙「李白」

李暠の9代目子孫を自称し、詩聖「杜甫」と並んで有名な唐代の詩人「李白」、彼もまた「李信」の子孫を自称していました。

李白といえば、阿倍仲麻呂の友人だったことでも有名な人ですね。

ただ、最近の日本の研究者の間では「李白」が漢民族ではなかったという説もあるようです。

だとしたら、李信の子孫ではないということになりますが・・・・真相ははっきりしていません。捏造の可能性が高いということですが・・・。

唐の初代皇帝「李淵」

「史上最高の名君」と呼ばれた「李世民(太宗)」の父「李淵」。

中国における歴代王国の中でも、最も栄華を極めたとされる「唐」を建国した人物・・・。

彼は「武昭王・李暠」の子孫を自称していたみたいですが、経歴を捏造したとの噂もあります。

経歴詐称は、徳川家康もやっていたそうですから、昔の人からすれば珍しいことではなかったのでしょうね。

子孫に「名将」と「王様」がいるとは・・・李信・・・大将軍どころで終わらなかった大物だったんですね。

ちなみに、李淵の子孫には、「楊貴妃」におぼれて国を危うくした「玄宗皇帝」がいます。


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《まとめ》

本日の記事をまとめますと

・李信の最後ははっきりしておらず、おそらく「秦国の滅亡」以前に亡くなっていたのだろう

・史実上、李信の妻ははっきりしていないが、「キングダム」では、おそらく「河了貂」が妻となる

・子孫には「飛将軍・李広」や「武昭王・李暠」など、大物が多数いる

以上となります。

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【キングダム】始皇帝と李信は史実でも親友同士?王騎は無能な将軍だった」の記事はコチラ

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コメント

    • おかめ
    • 2018年 2月 18日

    陽が史実で嫁てのは掲示板のデマ、河了貂はエイプリルフールネタで一時期ネットを出回った話。
    李信の嫁は史実に記載が無いのが正解。
    故に誰がなってもおかしくはない、作者次第。
    その作者のコメントを読み解き、予想するのが最も確率が高い。
    作者はナタリーのインタビューや公式ガイドブックで、信の相手は貂か羌瘣か一人にすでに絞っており、ハーレムにはしないという内容のコメントをしている。
    その後、情熱大陸では羌瘣とのロマンスの構想があることをネタばしており、また、以後の漫画の描写から見るにそれは羌瘣であることがおおよそ読み取れる。
    おそらく彼女が史実の舞台から消えるタイミングで信の妻、子の母という役割にチェンジさせると自分は読んでいる。

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