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【キングダム】桓騎(かんき)の最後!史実では宜安(ぎあん)の戦いで李牧に敗れ死亡

漫画キングダムに登場する秦国の武将・桓騎(かんき)

漫画で噂の【桓騎の弱点】と、史実における名将・李牧との戦いについて、わかりやすく解説させていただきます。

桓騎の弱点とは、過信と油断であると思われます。

キングダムでの名将・廉頗と桓騎の戦いは、桓騎敗北の伏線だったのではないでしょうか。

追記・・・【桓騎の弱点】について、2022年6月23日に公開された【キングダム最新話】において李牧による種明かしがされていました。それによると、桓騎の弱点は【正攻法による戦いができない】とのことです⇒⇒⇒⇒⇒詳細はコチラをクリック


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この記事を短く言うと

  • 桓騎(かんき)とは、秦国の将軍。趙国攻略に功績があった
  • 桓騎は秦国の将軍として天下統一に貢献していた。しかし、趙国の名将・李牧と戦い大敗北した
  • 人気漫画キングダムで、李牧が語った桓騎の弱点とはおそらく、油断と過信
  • 2022年6月23日公開のキングダム最新話によれば、桓騎の弱点は【正攻法の戦いが出来ないこと】

桓騎とは何者なのか?史実での功績を解説

のちに始皇帝と名乗る秦王・政に仕えた将軍・桓騎

その功績には、どんなものがあるのでしょうか?

桓騎の功績

桓騎の功績を短く解説します。

  • 紀元前236年、王翦・楊端和とともに、趙国の重要な拠点である鄴(ぎょう)や閼与(あつよ)を陥落させる。
  • 趙の平陽を攻略し、敵将・扈輒(こちょう)を撃破。趙軍10万人を斬首する。
  • 紀元前233年、趙国へ出撃し、平陽と武城を攻略。直後の宜安(ぎあん)攻略戦で、李牧に大敗

桓騎将軍の功績をひとことでいえば

始皇帝に将軍としてつかえて、秦国による天下統一事業を助けた

ということになります。

もっと絞っていえば、桓騎の功績は

秦国による趙国攻略に大きく貢献した

ということになると思います。

簡単な年表

紀元前237年
桓騎が秦国の将軍に任命される

 

紀元前236年
王翦楊端和とともに趙国の重要拠点である鄴(ぎょう)を陥落させる

 

紀元前234年
趙国・平陽を攻略し、敵10万を討伐

 

紀元前233年
趙国の拠点である平陽と武城を攻略。続けて宜安(ぎあん)を攻撃するが、趙国の大将軍・李牧に敗れる。


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桓騎の生涯と最期

カンタンな年表は、前述いたしましたが、より詳しい年表をご用意いたしました。

よろしければ、お役立てくださいませ。

秦国の将軍に就任し、趙を攻略!敵兵10万人を斬首!

紀元前237年
桓騎が秦国の将軍に任命される

 

紀元前236年
王翦・楊端和とともに趙国の重要拠点・鄴(ぎょう)を攻略

 

紀元前234年
趙国・平陽を攻略し、敵将・扈輒こちょうを打ち取り、趙軍の兵10万を斬首する

桓騎の最期!宜安(ぎあん)の戦い

紀元前233年
趙国の拠点である平陽と武城を攻撃。続けて宜安(ぎあん)を攻撃するが、趙国の大将軍・李牧に、桓騎は大敗北をしています。

歴史書・戦国策(せんごくさく)では、桓騎は李牧に討ち取られ戦死した、となっています。

ところが歴史書・史記では、大敗した桓騎は、激怒した秦王・政によって、庶民の身分へ落とされてしまったとされています。

樊於期と同一人物?始皇帝暗殺に協力!

桓騎には、不思議な生存説が存在しています。

李牧に大敗したのち、樊於期(はんおき)と改名して、燕国へ逃亡したというのです。

樊於期とは、もともとは秦国の将軍だった人物です。

それだけではなく、樊於期は、有名な【始皇帝暗殺未遂事件】において、暗殺者・荊軻(けいか)に協力した人物です。

始皇帝の幼馴染だった燕国の太子・丹(たん)は、秦国との戦争を恐れ、始皇帝暗殺を計画したのです。

この仕事を依頼された荊軻は、始皇帝を暗殺するにあたり、ひとつの難題に直面します。

それは、一般人である荊軻が、始皇帝に謁見することなど、身分の差がありすぎて無理であるということです。

そこで荊軻は、一計を案じます。

秦国で指名手配犯となり、趙国へ亡命していた元・秦国の将軍だった樊於期に接触したのです。

そして荊軻は樊於期に対して、ある作戦を打ち明けます。

「あなたの首を始皇帝にもっていけば、始皇帝は喜んで私と会ってくれる。

そのチャンスを生かして、私は始皇帝を暗殺する」

始皇帝に家族を殺害された恨みのある樊於期は、荊軻に協力するために、自ら命を絶ちます。

荊軻の予測通りに事は運びました。

荊軻が樊於期の首を持参すると、始皇帝は喜び、荊軻は謁見することに成功したのです。

しかし暗殺には失敗。

荊軻は始皇帝の手で倒されて死亡。

直後に始皇帝の命令を受けた猛将・李信によって、暗殺計画の黒幕だった太子・丹も戦死。

その後、燕国も滅亡します。

おそらく樊於期と桓騎が同一人物というのは、可能性が低いでしょう。

この説を唱えたのは、中国の歴史学者・楊寛という人物です。

その根拠は、中国語における二人の名前の発語が似ている、というだけのことです。

あまりにも根拠が乏しいです。

実際のところ、桓騎が李牧に負けて生きていたか亡くなったかはわかりません。

ただ、李牧に負けた瞬間から、忽然と歴史から姿を消したことだけは確かです。


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史実で李牧に大敗!李牧が語った【桓騎の弱点】とは何か?

追記・・・桓騎の弱点については、2022年6月23日に公開されたキングダム最新話によって、【正攻法の戦いが出来ないこと】であると、李牧による解説シーンが描かれていました。以下の考察は、史実を元にした桓騎の最期にも交えて解説しておりますが、漫画・キングダムにおける桓騎の弱点の考察はハズレているので、何卒ご了承くださいませ。

漫画キングダムで、趙の武将・紀彗(きすい)と桓騎の戦いをみていた李牧が

桓騎の弱点がわかった

と発言しています。

この時、桓騎は籠城する紀彗に対して、民衆を虐殺することをほのめかしました。

そうして紀彗おびき出し、勝利をつかんでいるのです。

李牧がいう桓騎の弱点とは、いったい何なのでしょうか?

史実における【李牧VS桓騎】

史実を見てみましょう。

桓騎はどのように李牧に大敗したのでしょうか。

桓騎は宜安(ぎあん)攻略において、李牧に大敗しています。

城に籠もって出てこない李牧をおびき出すため、桓騎は趙の国民と町を攻撃しました。

桓騎は民衆を攻撃することで、李牧が民衆を助けるために城外へ出撃して来ることを期待したのです。

しかし李牧はその誘いには乗りませんでした。

なんと李牧は民衆を助けるのではなく、手薄となっていた桓騎の本陣を急襲したのです。

これに慌てた桓騎は、本陣救援のため、急いで本陣へ退却。

ところがそれこそが李牧の罠でした。

退却してきた桓騎は、待ち伏せしていた李牧の攻撃をくらって、大敗北してしまうのです。

桓騎の弱点とは【民衆虐殺戦略】への過信

李牧がいう桓騎の弱点とは、おそらく

民衆を人質にすれば、敵将は必ず救出のために城から出撃してくる

と信じてまったく疑っていないことでしょう。

つまり【虐殺戦術を取れば、かならず効果が出ると信じすぎている】のではないかと思います。

趙の将軍・紀彗きすいは、民衆を大切にする将軍でした。

そのため桓騎の罠にハマり、民衆を守るために出撃してしまいました。

しかし史実では、李牧は桓騎の裏をかいているのです。

実は桓騎は、漫画キングダムにおいて、李牧と似たような戦術を使っています。

魏の客将・廉頗との戦いにおいて、桓騎は廉頗四天王の一人である介子坊かいしぼうに本陣を攻撃されています。

この時、桓騎は本陣を救出に向かうのではなく、敵将の玄峰げんぽうを急襲しています。

そして見事に敵将の首をとっているのです。

つまり、桓騎が漫画キングダムで、敵将・玄峰に対してキメた戦法を、今度は李牧にキメられて大敗北したということです。

もしかしたら、桓騎が玄峰を討ったあのシーンは、後々の李牧に大敗するシーンへの伏線となっているのかもしれません。

ちなみに桓騎の弱点については、以下のリンク記事で、複数の仮説をたてて考察してみました。

⇒⇒⇒⇒【桓騎の弱点について考察】の記事はコチラ

 


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追記・キングダム【李牧】が明かした【桓騎】の弱点とは【正攻法が苦手】ということだった

2022年6月23日に公開されたキングダム最新話において、李牧が桓騎の弱点を明かすシーンが描かれていました。

それによれば、桓騎の弱点とは

「野盗あがりの武将であるため、奇策による勝利しか出来ず、正攻法による戦い方を知らない」

ということらしいです。

廉頗との戦い、合従軍との戦いなどで桓騎の戦い方を観察した李牧は、桓騎が正攻法における勝機を見落とし、まったく動かなかったことに気が付いたのでした。

奇策で敵を倒すことにかけては天才的な能力を発揮する桓騎でしたが、正攻法による戦場へ引きずり出されたら弱いということなのでしょう。

野盗としてゲリラ戦などの奇策を得意とする桓騎でしたが、正攻法も奇策も使う李牧との今後の戦いに注目です。

李牧のマネをして大敗北した武将・袁紹

余談ですが、実は李牧が桓騎を倒すためにとった【敵の裏をかく】という戦術をマネした人物が、三国志に登場しています。

袁紹えんしょうです。

袁紹は、ライバルの曹操そうそうと、官渡かんとという地で激突します。

官渡の戦いかんとのたたかいです。

圧倒的な大軍団で圧力をかける袁紹に対して、曹操は劣勢でした。

この劣勢を挽回するために、曹操は袁紹の食料保管基地を襲撃したのです。

曹操の襲撃に焦った袁紹は、食料保管基地を救出するのではなく、伝説の名将・李牧がやったように、曹操の本陣を急襲することにしたのです。

ところが、兵法の達人である曹操は、この袁紹の攻撃を予測していました。

食料保管基地を攻撃すれば、袁紹が本陣を急襲してくると予測していた曹操は、万全の守備をかためていたのです。

結局、袁紹による曹操の本陣への攻撃は失敗。

李牧の戦い方を生半可に理解していた袁紹と、李牧の戦い方を熟知していた曹操。

官渡の戦いは、李牧のことをより深く理解していたであろう曹操の大逆転勝利に終わったのでした。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

  • 桓騎とは、始皇帝に仕えた秦国の将軍
  • 桓騎は、趙国攻略に功績があった武将
  • 桓騎の弱点とは、民衆を人質に取る戦術を過信しすぎて油断していたことではないか

以上となります。

本日はレキシルへお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当レキシルへお越しくださいませ。

ありがとうございました


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以下のリンク記事でも、キングダムの人物・逸話などについて簡単に理解できるように、わかりやすく解説させていただいております。

よろしければ、こちらの記事も、ぜひお役立てくださいませ。

リンク記事は別タブで開きます。

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