【別府晋介とは】子孫と家系図を解説!西郷隆盛を殺した男の最期が怖い

西郷隆盛にとどめを刺した男「別府晋介」

その子孫はどうなったのか、家系図を使って解説しました。

これを読めば、西郷隆盛を死に至らしめた人物の、スゴイ最期がわかる!


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この記事を短く言うと

・別府晋介とは、西郷隆盛とともに西南戦争で戦い、西郷の介錯を務めた人物

・別府晋介は未婚であったため、子供がいなかった可能性が高いが、他の兄弟が子孫をつないでいるだろう

・西郷が自決した直後、別府晋介は切腹


《別府晋介とは?何をした人なのか?》

「別府晋介」

西郷隆盛とともに西南戦争を戦い、西郷の介錯を務めた人物

《別府晋介》
「引用元ウィキペディアより」

「別府晋介」とは、どんな功績を残した人なのでしょうか?

『別府晋介』の功績

別府晋介の功績を簡単に解説いたします。

戊辰戦争に参戦し、各地を転戦

征韓論を主張した「西郷隆盛」の命令で、朝鮮半島を視察。「韓国を倒すなら、私に2~3の中隊を与えてくれれば十分だ」と桐野利秋に対して豪語した

・西南戦争で奮戦。西郷自決の際に介錯を務めた

別府晋介・・・西郷隆盛の介錯、つまり首切りを担当した人物。切腹には、介錯(かいしゃく)といって「首切り」をする人物がつきます。切腹する者を苦しませないため、とどめをさしてあげるのです。

通常、介錯は剣術に覚えのある人物が担当します。別府晋介が、相当な剣の腕を持っていたことがうかがえます。


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《家系図と子孫》

別府晋介は未婚で亡くなりました。おそらく子供はいないでしょう。

しかし、数多くの兄弟がいたため、その兄弟たちが「別府」の名と血を今に伝えているはずです。実際、鹿児島には「別府」という苗字の方々が数多くいて、「別府晋介」の子孫を名乗っているとのことです。

「家系図の引用等はご遠慮くださいませ」

「家系図の引用などはご遠慮くださいませ」

別府晋介の家系図をご用意いたしました。別府晋介は、「岡田以蔵」と並ぶ「幕末四大人斬り」の一人「桐野利秋(中村半次郎)」の従兄弟。二人は大変仲が良かったと言われています。

その桐野利秋は、現在に子孫を伝えています。ちなみに・・・桐野利秋の妹の末裔が、現在お笑い芸人として活躍しているようです。

「桐野利秋」直系の子孫は、現在鹿児島在住。桐野利秋の子孫について詳しくは「コチラ」をぜひぜひご覧くださいませ。


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《西郷隆盛を介錯した後、何が起こったのか?》

1877年(明治10年)9月24日・・・・その時「別府晋介」は、足を負傷してカゴに乗って移動していたと言われています。

「晋どん、もう、ここでよか」

覚悟を定めた西郷は、カゴに乗っていた晋介を振り返り声を掛けます。「介錯を頼む」・・・そういう意味だったのでしょう。

「ごめんなったもんし」

薩摩弁で、許しを請う言葉を叫びながら、別府晋介は西郷を介錯。

西郷隆盛・・・切腹。享年49歳

切腹によって、その武士の罪は洗い流され、罪人ではなくなります。罪人の「斬首」と違うことを表すため「首の皮一枚」をつなげるのが、介錯の礼。

おそらく別府晋介も、西郷の首の皮一枚を残して介錯したことでしょう。

その後、晋介は西郷が自決したその場で切腹。頭上には弾丸が飛び交っていたと言われています。

別府晋介・・・享年29歳

従兄弟の「桐野利秋」も、「村田新八」も、西郷の自決を見届けた後、壮絶に戦死。

鹿児島県知事で、西郷を支援し続けた盟友「大山綱吉」は、西郷に加担した罪で処刑。

政府軍を指揮していた総大将にして西郷の盟友「大久保利通」は、西郷の死を聞き、狂ったように家中を徘徊・・・号泣したと伝えられています。


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《『別府晋介』について、レビュー(評論)!》

別府晋介・・・・・・・英雄・西郷隆盛を介錯した男。その罪悪感は想像を絶するものがあります。

西郷の従兄弟で、西南戦争に参戦した「大山巌」は、西郷を死なせた罪悪感から、生涯にわたって故郷・鹿児島の地を踏みませんでした。

弟「西郷従道」も、兄・西郷隆盛が逆賊の汚名を受けたことを理由に、「内閣総理大臣」を固辞し続けました。

西郷を死なせた「政府軍」の総大将「大久保利通」は、今でも鹿児島で「西郷どんの敵」とみなされ、人気がないのだそうです。

不世出の英雄・・・・・・・西郷隆盛にピッタリな言葉だと思いますが、その西郷隆盛にとどめをさした「別府晋介」の苦しみは相当なものだったはず。

別府晋介は、西郷の介錯を終わらせた直後に切腹したと言われています。一秒たりとも生きていられなかったのかもしれません。

おそらく自らも切腹することで、西郷を死なせた罪を謝したのでしょう。

別府晋介は今、鹿児島「南洲墓地」にある「西郷隆盛」のお墓のすぐ右隣りに眠っています。

従兄弟「桐野利秋」は、西郷隆盛のお墓のすぐ左。二人は今も、西郷の左右を支え、守っているのです。


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​《まとめ》

本日の記事をまとめますと

・別府晋介とは、桐野利秋の従兄弟にして、西郷隆盛の介錯を務めた人物

・別府晋介には、直系の子孫はいない。しかし、その兄弟が子孫をつなげている。従兄弟の桐野利秋も子孫を残している。

・西郷の介錯を終わらせた直後、別府晋介も切腹。

以上となります。

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