【キングダム】王賁の最期は謎だらけ?父親・王翦以上の名将だった!

漫画「キングダム」に登場する秦国の武将「王賁(おうほん)」。

「秦」の天下統一を決定付けた名将「王翦」の息子

父親「王翦」は、春秋戦国時代末期を代表する名将だったが、実は息子「王賁」のほうが名将だった?

そんな「王賁」の最期とは、どんなものだったのでしょうか?

父「王翦」の影に隠れたもう一人の名将「王賁」について、解説いたします。


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この記事を短く言うと

・王賁の最期は、おそらく「病死」。「ギョウ攻略戦」での「李牧」との戦いで討ち取られる、死亡する、ということはない。

・王賁将軍は、父・王翦にも負けなくらいの名将だった

・王賁の息子「王離」は、歴史家・司馬遷に言わせると「父と祖父のせいで死んでしまった」らしい


「王賁」の最期とは?

漫画「キングダム」に登場する「槍術」の達人「王賁」

その最期はいかなるものだったのでしょうか?

王賁の最期

実は王賁の最期は、はっきりとはわかっていません。資料が全くないのです。

秦国は紀元前221年に「斉」を滅ぼして天下統一を成し遂げ、その14年後の紀元前207年に滅亡しています。

「斉」を滅ぼしたのは「王賁」「李信」「蒙恬」であり、紀元前219年に「通武侯」という称号をもらっていることから、その時まで王賁が生きていたことは確かです。

その後、紀元前207年に覇王・項羽が率いる反乱軍の手で秦帝国が滅亡するまで、王賁の名前はでてきません。

王賁ほどの歴戦の名将が、秦帝国滅亡の危機に反乱軍と戦わないなんて考えにくいです。

おそらくですが、紀元前219~207年までの間に「病死」していたのでしょう。

583話「十三日目」で「王賁」が戦死?

2018年12月発売の「ヤングジャンプ」、583話「十三日目」の最期で

「王賁が討ち取られる」

と、衝撃的な次回予告がされていました・・・・。六国最期の「斉国」を滅亡させているのは、「王賁」ですからね。「紀元前221年」を前に亡くなるということはありません。

「討ち取られる」というのは、おそらく重傷を負って、戦場を離脱した。または「死んだふりをした」ということでしょう。

この回を観ていて思ったのですが、王賁の父「王翦」って「仮面」をつけていますよね。常に仮面をつけていたら「影武者」にすり替わるのって、とっても簡単ですよねー。

周囲が気づかないうちに、王翦と影武者が入れ替わっていた・・・なんてことはないですよね~・・・。


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父親「王翦」よりも優れた名将だった?

まずは父親「王翦」が、どれほど優れた将軍だったのかをご紹介致します。

秦を脅かした「3人」の宿敵

秦帝国が統一事業を成し遂げるまでに、大きな障害が「3人」いました。

まずは趙国の武将「李牧」、マンガ「キングダム」では「趙・三大天」という大将軍の位についている名将として、秦帝国の統一事業を阻む強敵ですね。

次に燕国の太子「丹

秦王・贏政の幼馴染で、後世にまで名を残した暗殺者「荊軻(けいか)」を送り込み、贏政を暗殺しようとした人物。

最期に楚国の大将軍「項燕

李牧と並び、一時的にでも「秦帝国」の進軍を食い止めた名将です。

王翦・・・名将・項燕を滅ぼす

秦にとって、六国のなかで最強の敵といえば、大国「楚」でした。

楚国の大将軍・項燕は、「李信」と「蒙恬」が率いる20万の大軍団を打ち負かし、敗退させた名将。

その項燕を滅ぼしたのが「王翦」です。

これにより、秦の天下統一が決定的となったのです。

王賁の功績

王賁の父・王翦は、秦の最大のライバル楚国を滅ぼした功労者。

趙・楚・・・李牧・項燕というライバルを倒した王翦は名将ですが、王賁も負けていません。

王賁は、「魏」「燕」「代(趙国滅亡後、趙国の太子嘉が起こした亡命政府)」「斉」と、合計で4カ国を滅ぼしています。

父・王翦の倍の敵国を滅ぼしているのですから、父親にも劣らない活躍ぶりと言えます。


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息子「王離」は、祖父・父の呪いで亡くなった?

王賁の息子「王離」は、紀元前207年、秦国に対して反乱を起こした「項燕大将軍の孫・項羽」に「鉅鹿の戦い」で敗れ、捕虜となっています。

その後の消息は不明ですが、生きているとは思えません。

王離の祖父・王翦は、項羽の祖父「項燕」を殺害しているのだから、その因果で項羽に処刑されたでしょう。

王離が亡くなった理由について、大歴史家「司馬遷」が、著作である「史記」の「白起王翦列伝」で、こう言っています。

「王賁の父・王翦は、六国を滅ぼした。

始皇帝も、王翦を師匠としてあつかった。

にもかかわらず、王翦は始皇帝を補佐して、秦国を盤石なものとする政治を行わず、ただただ始皇帝のご機嫌をうかがうのみで、ついにそのまま亡くなった。

孫の王離が、項羽の手で殺されたのは、このことと無関係ではない。

王翦が秦国の土台をしっかりとつくっていたら、王離は反乱軍によって殺害されずに済んだ」

これは暗に「王賁も秦国の土台づくりをおこたった」と示唆していると考えられます。

偉業を成しとげた父と祖父・・・しかし、その二人の「怠慢」から、王離は亡くなったのだと、司馬遷は考えていたみたいです。

まぁ、項羽の祖父「項燕」を殺害したのが、王離の祖父・王翦ですからね。項燕の孫「項羽」からしたら、王離を許せるはずがありません。

それも「王離」の死の原因だったのでしょう。


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王賁の母親!王賁は王翦の子ではない?

キングダムでは、「王賁」が「王翦」の息子ではない・・・というストーリー展開がされています。

それによると、王翦の妻は、結婚直後に妊娠。しかしその子は王翦の子ではない可能性がある。王賁を出産後、妻は難産で他界。王賁が王翦の子ではないとしたら、王賁は王翦最愛の女性を奪った人物ということになる。

ということですが、史実上こういう話は存在しません。キングダム作者の創作でしょう。

以下のリンク記事で「王翦の素顔」についての簡単な考察をいたしましたが、そこで「王翦は秦国王族なのではないか」と予想しました。

もしこの考察が当たっていたら、王翦の子「王賁」もまた「秦王族」ということになります。

しかし、王賁が王翦の息子ではないとしたら・・・王賁は当然「秦王族」ではないことになります。まぁ、王賁の実父が「秦王族」だったなら、話は別ですが。

王翦の素顔」について、よろしければ以下のリンク記事をお役立てくださいませ。
↓↓↓↓↓↓

「【キングダム】王翦の素顔と仮面の真実!王になりたい理由を考察」の記事はコチラ

ふと思ったのですが、もしも「王賁」の実父が、「秦王族」だったとしたら、話はどうなるのでしょうか・・・。

王翦の妻が「王賁出産にともなう難産」で亡くなったのだとすれば、「王翦」からすれば「王賁の実父」こそ「最愛の妻を奪った人物」ということになるのではないでしょうか。

もしも「王賁の実父」が「秦王族」だとしたら、王翦が「秦王族」を憎む一つの原因となりそうなものですが・・・。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

・王賁の最期は不明だが、おそらく病死だろう

・王賁は、父親の王翦にも負けない功績を残した名将

・王賁の息子・王離は、項羽により殺害されているが、歴史家・司馬遷は「王翦のせいで王離は死んだ」と語っている。

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました


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リンク記事は別タブで開きます。

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