【楊端和の生涯】史実でもキングダムのような「山の王様」だったの?

漫画「キングダム」に登場する「山の王」こと「楊端和(ようたんわ)」について、残っている「史実」の記録を、わかりやすく解説いたします。

「楊端和は、山の王などではなく、始皇帝につかえた将軍で、男性だった」

趙国を亡ぼす功績を残し、秦の天下統一に大きく貢献した名将。


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この記事を短く言うと

・「楊端和(ようたんわ)」とは、春秋戦国時代の「秦国」の将軍。秦の始皇帝の部下

・楊端和は、名将「王翦」とともに趙国を滅ぼし、秦国の統一事業に貢献した

・漫画「キングダム」では「山の王」という設定だが、史実では秦国の将軍・・・おそらく男性


「楊端和」とは何者なのか?その功績を解説

春秋戦国時代・・・後の始皇帝が率いる「秦国」の将軍「楊端和」

その「楊端和」とは、どんな功績を残した人なのか?


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楊端和の功績

楊端和の功績を短く解説します。

・秦国の統一事業に力を尽くし、魏・趙との戦いに功績を残した

・趙国の重要拠点「」攻略に活躍

・趙国の首都「邯鄲」を攻略し、趙国を滅亡させた

趙国「邯鄲」・・・始皇帝の故郷にして、後の世においても「重要拠点」として利用される都市。

邯鄲の南に位置する「鄴」も、三国志の英雄「袁紹」や「曹操」が愛し、本拠地とした都市。

楊端和はそれらの都市の攻略に、大きな功績を残していたのです。


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楊端和の生涯

「楊端和」の生涯を簡単に解説します。

秦の将軍として

楊端和・・・いつ生まれたのか、全く不明・・・誰も知りません。ただ、後の始皇帝「政」が治める「秦国」の将軍として、天下統一事業を支えた人物であることは確かです。

紀元前238年、「魏国」の「衍氏」を攻略。漫画「キングダム」ではこの時、秦国の将軍に任命された「楊端和」が主人公「」を出迎えるシーンが描かれていますね。

この頃、魏国を治めていた王は「景湣王(けいびんおう)」というお方。

同年、魏国は「垣」「蒲陽」などの地を秦国に奪われています。

紀元前225年、魏国は秦国の将軍「王賁」の水攻めを受けて滅亡。ちなみに最後の魏王「假(か)」は、「景湣王(びんおう)」の息子。かつては「文侯」「武侯」という名君と「呉子」という名将に恵まれた最強国「魏」が、この世から消えてしまったのでした・・・。まぁ・・・数十年後に再興されますが・・・。


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趙国を滅ぼす

紀元前236年、楊端和は秦国の将軍「王翦」「桓騎」とともに、趙国の重要拠点「鄴(ぎょう)」を攻略。

鄴は、趙国の首都「邯鄲」の南に位置する趙国の重要拠点。キングダムの約400年後「三国志」の時代に、英雄「曹操」や「袁紹」が「鄴」に本拠地をおいていたことからも、「鄴」がいかに重要な地域であったかが、うかがいしれます。

趙国の必死の防戦もむなしく、秦軍・鄴攻撃部隊の本隊から一人離れた「王翦」は、同じく趙国の重要拠点であった「閼与(あつよ)」を攻略。この「閼与」は、かつて秦国の将軍「胡昜(こしょう)」が、趙国の名将「馬服君・趙奢(三大天の一人)」に大敗北を喫した因縁の土地。
(余談だが、趙奢は「長平の戦い」で「白起」将軍に大敗した趙の将軍「趙括」の父であり、三国志の英雄「馬超」の先祖)

この戦いで、王翦は軍の規模を5分の1に縮小。精鋭のみを残して食糧の消費を抑え、「閼与」や「鄴」の攻略に成功し、一気に趙国を追い込んでいます。

漫画「キングダム」で、楊端和は別動隊を率い、西戎「ロゼ」が率いる軍と対峙することとなっています。食料を焼かれ、おいつめられた楊端和ですが、将軍「壁」の活躍により「ロゼ」を討伐。趙軍の撃破に成功しています。

紀元前229年、「鄴攻略戦」から3年後、楊端和と王翦は再び「趙国」へ進軍。

趙国が誇る「守戦の名将・李牧」が、王翦と「李斯」の策略にはまり、趙王の手で処刑されてしまいます。また、李牧とともに戦った「司馬尚」もまた、将軍職を解任されて逃亡しています。

紀元前228年、李牧が亡くなったわずが3か月後、首都「邯鄲」を包囲していた王翦と羌瘣(きょうかい)が、最後の趙王「幽繆王」を捕らえ、趙国は滅亡。

「幽繆王」の兄「公子・嘉」が「代」という地で王を名乗って抵抗していますが、5年後に「代」も王翦の息子・王賁の手で滅亡しています。

これ以降、楊端和の名前は歴史から消えます・・・・。

始皇帝が最も憎んだ国「趙国」を滅ぼすという功績を残した「楊端和」・・・何かしらの失態によって、始皇帝に粛清された・・・ということはないと思いますが、戦死したか、病死したか、何かしらの理由で戦場から遠ざかったと考えられます。


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史実でも、「キングダム」のような「山の王」だったの?

人気漫画「キングダム」では、「楊端和」は「山の王」と呼ばれ、異民族を統一する部族の王として「秦王」に協力する立場です。

当初は「同盟者」であったにも関わらず、いつの間にやら「秦王」から「秦国の将軍」に任命されているという・・・アンタいつの間に臣従したんですか?と言いたくなる役柄。

さらには戦場を駆け抜ける「死王」と呼ばれる猛者であるにも関わらず「絶世の美女」という設定・・。

本当に、「楊端和」は「美女」で「山の王」だったのか?

実際のところ、楊端和が「女性」であった可能性は低いと思います。

なぜなら「女性である根拠」が何もないから・・・。男性である根拠もないですが、当時の風習から考えて、女性が戦場に出る可能性はちょっと低めな気がします。

また、異民族の王であった可能性も低いと思います。

王翦に従って何度も魏・趙を攻撃している事実から、おそらく王翦の補佐をする副将のような立場だったのではないでしょうか


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「山の民」「犬戎」「西戎」とは

キングダムでは楊端和が率いる異民族を「山の民」と呼び、また「犬戎(けんじゅう)」と呼ばれる当時の秦国の西方にいる異民族が登場しています。

彼らはいったい何者なのでしょうか?

当時の人々は、この「異民族」を「西戎」・・・つまり「西に存在している戎(えびす)族」「蛮族」と呼んで見下していました。

西戎は、現在のチベット自治区に居住していた「遊牧民族」だったと考えられます。

当時の遊牧民は、幼いころから馬に慣れ親しんでいました。

馬の機動力を最大限に生かした戦い方をしており、機動力と戦闘能力に優れていました。

後世「チンギス・ハーン」が率いるモンゴル騎馬軍団が、ユーラシア大陸の半分を制圧した事実を見れば、「遊牧民族」の強さがわかると思います。

「キングダム」に登場する「犬戎」とは、「西戎」のうちに含まれる部族の一つ。

この犬戎が、小説「封神演義」で有名な「武王」と「太公望」がつくった「周」という国を滅ぼしたのです。

当時の中華は、戦国七雄以外の東西南北の部族を「四夷(しい)」と呼び、さげすんでいました。

西の「チベット」地方を「西戎(せいじゅう)

北の「モンゴル」地方を「北狄(ほくてき)

南の「ベトナム」地方を「南蛮(なんばん)

そして東の「日本列島・朝鮮半島」方面を「東夷(とうい)」と呼んでいました。

《四夷》
「引用元ウィキペディアより」

楊端和が率いていた「山の民」は、このうち「西戎」を指していたのでしょう。

キングダムにも登場する名君「秦の穆公」は、この山の民と融和的な政策をとっていたとされていますが、実際には、穆公は犬戎を何度も討伐しています。最終的に秦国は、この戎の勢力を吸収しているのです。(ちなみに穆公は、「春秋五覇」と呼ばれる5人の名君の一人)

もしかしたら、この時「秦」に吸収された「戎」が、楊端和の祖先かもしれませんが・・・真偽のほどは定かではありません。

「春秋五覇」について簡単な解説

【春秋五覇(しゅんじゅうごは)】とは、「春秋時代(紀元前770~403年)」のチャイナで活躍した、5名の名君のことです。

その構成メンバーについては諸説あるものの、一般的には以下の5名を指すと考えられています。

  1. 斉の桓公
  2. 晋の文公
  3. 宋の襄公
  4. 秦の穆公
  5. 楚の荘王

または

  • 「呉王・闔閭(こうりょ)」
  • 「呉王・夫差(ふさ)」
  • 「越王・勾践(こうせん)」

などを「春秋五覇」とする説もあります。

ただ、「斉の桓公」と「晋の文公」だけは、どの説においても「春秋五覇」に数えられているため、「春秋五覇」の代表として「斉桓晋文」と呼ぶといわれています。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

・楊端和とは、秦国の将軍で「魏国」「趙国」攻略に功績があった人物

・王翦とともに、「趙国」の重要拠点「」を制圧し、後に趙国の首都「邯鄲」を陥落させた

・楊端和は、キングダムの設定「山の王」ではなく、おそらく「王翦」の補佐・参謀を務めたような人物なのではないだろうか

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました


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