【キングダム】李牧の死因はなに?歴史上最高クラスの名将その最期!

マンガ「キングダム」にも登場する「守戦の名将・李牧」

歴史上において、最高レベルの名将だった李牧の最期とは?

名将であればあるほど、悲劇的な最期を迎えてしまうものかも・・・


スポンサーリンク


歴史専門サイト「レキシル」にようこそ。

拙者は当サイトを運営している「元・落武者」と申す者・・・。

どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。

この記事を短く言うと

・李牧は、趙王の命令に違反したことが原因で「斬首」で亡くなった。しかし「司馬尚」は逃亡し、生き残った

・李牧は、後世の名将たちにも劣らない、歴史上でもトップクラスの名将だろう

・李牧が、死ななかったとしても、秦国による「趙国滅亡」は避けられなかっただろう


李牧」の最期と死因

李牧の死因は何だったのか?

死亡した原因は「斬首されたため」でしょう。

李牧は「命令違反」の罪で、密かに捕らえられ「誅殺」されているのです。

なぜ誅殺されたのか?

紀元前229年、趙国は始皇帝が君臨する大帝国「秦国」の大軍団に侵攻されていました。

秦軍をひきいるのは、名将「王翦」。迎撃するのは「李牧」

李牧に苦戦した秦軍は、趙王の側にいた愚かなる臣下「郭開」に賄賂(わいろ)を送って、ウソの情報を流させます。

「李牧と司馬尚が、趙国を裏切ろうとしている」

これを聞いた趙王は、李牧と司馬尚に解任を命じました。

しかし李牧は、「趙国の危機であるため、自分以外に秦国の攻撃を食い止められる人間はいない」として、命令を拒絶。

これに起こった趙国王が、李牧を捕らえさせ、殺したのです。

この3ヶ月後、趙国は滅亡しました。


スポンサーリンク


「李牧」は歴史上最高クラスの名将だった!その理由とは何か?

これは拙者の勝手な評価でしかないですが、「李牧」という人物は、歴史上において、かなりトップクラスの名将なのではないでしょうか?

なぜなら、圧倒的な勢力を誇っている「秦国」を相手に、当時の「六国」の中で唯一、防衛のみならず秦国の領地を奪い取っているのですから。

この「春秋戦国時代末期」、秦国の侵攻を一時的にでも押しとどめたのは、楚国の「項燕」を除けば「李牧」のみ。

項燕は、「領地を奪う」ことまでは出来ませんでした。しかも項燕は、後に「王翦」の手で敗死しています。

対して李牧は、誰か他の将軍に、武力で敗北したわけではありません。

もちろん計略も立派な武力ですが・・・それでも、圧倒的な軍事力を誇る「秦国」を、長平の戦いで著しく力を失った「趙国」の軍を率いて、その猛攻を防ぎ続けた李牧・・・「王翦」や「項羽」「韓信」「曹操」「周瑜」「司馬懿」「李淵」などなど、数々の名将達と、肩を並べられる名将なのではないでしょうか

もしも「李牧」が死なずに生きていたら、歴史はどう変わっていたのか?

もしも李牧が死なずに生きていたとしたら、その後の歴史はどうなっていたでしょうか?

おそらくですが、遅かれ早かれ「趙国」は滅亡していました。

なぜなら、李牧の後ろ盾が、あまりにも脆弱だから・・・。

李牧を支える「幽繆王」・・・王として将軍を支える力が乏しすぎます。

例えば、最強国「斉」を滅亡寸前まで追い込んだ名将「楽毅」は、「燕の昭王」という名君が後ろ盾であったために、あれほどの活躍ができました。

秦国を最強国へと押し上げた名宰相「商鞅(しょうおう)」は、「秦の孝公」に信任されて後ろ盾となってもらったおかげで、強烈な政治改革を断行できたのです。

李牧には、その「強力な後ろ盾」がありません。

もしも・・・趙国王が「幽繆王」ではなく、王の兄で趙国滅亡後「代国」で王になった「太子・嘉」だったなら・・・・もしかしたら秦国が内部から瓦解するまで、李牧は趙国軍を防ぎきっていたかもしれません。

とはいえ、そうなったとしても、「趙国」以外の国は「秦国」に滅ぼされていたでしょう。

李牧が死んだ途端に趙国滅亡・・・・その運命は避けようがないものだったと考えられるのです。

「良禽は木を択(えら)んで棲(す)む」

といいます。これは「良い鳥は、良い木を選んで巣をつくって棲む」という意味。

すなわち「優れた人材は、優れた君主を選んで仕えるものだ」ということ。

李牧も「名君」を選んで仕えるべきだったのですが、それが出来なかったところが、李牧の限界だったのかもしれません。


スポンサーリンク


まとめ

本日の記事をまとめますと

・李牧の死因は、王の命令に違反したため、斬首

・李牧は、後の名将達と並ぶ、優秀な名将だろう

・もしも李牧が生きていたとしても、趙国は滅びていただろう

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました


スポンサーリンク


「キングダム」関連記事

以下のリンク記事でも、「キングダム」の「人物」「逸話」などについて簡単に理解できるように、わかりやすく解説させていただいております。

よろしければ、こちらの記事も、ぜひお役立てくださいませ。

リンク記事は別タブで開きます。

「秦の武将・軍師たち」関連記事

「キングダム李信の最後は悲惨?嫁が超大物で子孫が王様になったって本当か」の記事はコチラ
羌瘣(きょうかい)が信と子作り宣言!史実で二人は結婚してるのか?」の記事はコチラ
「【桓騎の生涯と最期】キングダムで噂の弱点とは?史実では李牧に大敗」の記事はコチラ
「【楊端和の生涯】史実でもキングダムのような「山の王様」だったの?」の記事はコチラ
「【キングダム】昌文君が裏切り?史実では驚きの死に方(最期)をしていた」の記事はコチラ
「【李斯とは】キングダム・天才法律家の最期が超悲惨過ぎる」の記事はコチラ
「【キングダム】蒙武の史実での人物像とは?最強武将の強さと最期!息子達のその後が悲惨すぎる」の記事はコチラ
「【キングダム】蒙恬の嫁は誰?世界遺産・万里の長城は彼が建造した物」の記事はコチラ
「【キングダム】は史実ではどんな人?今後の活躍と死に方(最期)を解説」の記事はコチラ

 

「王翦・王賁」

「【キングダム】王翦の「鄴攻め・あつよ攻略」と「項燕との戦い」史実での結末は?」の記事はコチラ
「【キングダム】王翦素顔と仮面の真実!王になりたい理由を考察」の記事はコチラ
「【キングダム】王賁の最期は謎だらけ?父親・王翦以上の名将だった!」の記事はコチラ

 

「昭王・六大将軍」

昭襄王(昭王)とは?漫画「キングダム」に登場する『戦神』の生涯」の記事はコチラ
「【キングダム】六大将軍をwiki風に解説!史実で六将は実在した?」の記事はコチラ
「【白起とは】その評価と能力がスゴイ!『キングダム』最強将軍の最期」の記事はコチラ
「【キングダム】王騎将軍は史実で実在していたの?記録がない理由とは」の記事はコチラ

 

「秦の始皇帝」

「秦の始皇帝の名前とは!本名を知ってたのは母親とキングダム・信だけ」の記事はコチラ
始皇帝とは何か超分かりやすく解説!漫画キングダムのネタバレ注意!」の記事はコチラ
始皇帝の墓には水銀の海が!内部には生き埋めにされた数百のご遺体も」の記事はコチラ
「【キングダム】始皇帝と李信は史実でも親友同士?王騎は無能な将軍だった」の記事はコチラ

 

「呂不韋」関連記事

 

「趙・三大天」

 

「戦国四君」

 

「キングダムの脇役・雑学」関連記事


スポンサーリンク

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

2020年9月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  
ページ上部へ戻る