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【キングダム】趙高は女?宦官?史実と創作を徹底検証

人気漫画キングダムに登場する謎多き人物、趙高。

その中性的な容姿と史実における宦官という立場から、性別や出自について様々な疑問が湧いてきます。

アニメや実写版の情報も含め、創作と史実の違いを徹底的に解説していきます。

この記事のポイント
  • キングダムにおける趙高の性別設定と女性説が広まった理由
  • アニメ版の声優情報と実写版における趙高の扱い
  • 史実の趙高は宦官だったのか、最新研究が示す新事実
  • 始皇帝の死後、秦を滅亡に導いた趙高の陰謀と最期
目次

『キングダム』の趙高は女?性別不詳のキャラ設定を考察

項目キングダム設定史実
性別男性(公式設定)男性
身分中車府令・宦官中車府令(宦官説に異論あり)
容姿妖艶で中性的記録なし
主君太后(母后)→始皇帝始皇帝

なぜ「趙高は女説」が流れるのか?妖艶な容姿と仕草の秘密

漫画キングダムの読者の間で、趙高の性別について混乱が生じているのには明確な理由があります。作中での趙高は、非常に中性的で妖艶な容姿として描かれており、その佇まいや言動から女性ではないかという印象を持つ読者が少なくありません。

特に初登場時の趙高は、長い髪、華奢な体つき、そして繊細な顔立ちで描かれており、男性キャラクターとしては異質な存在感を放っています。さらに、口調も丁寧で慇懃な話し方をするため、一般的な武将たちとは明らかに異なる雰囲気を醸し出しているのです。

公式ファンブック「キングダム 公式ガイドブック 英傑列紀」では、趙高の性別は明確に男性と表記されており、女性説はあくまで読者の印象に基づく誤解であることが確認されています。

この異質感の強調には、作者の意図があると考えられます。趙高という人物の不気味さ、底知れなさ、そして既存の秩序からの逸脱を視覚的に表現するため、あえて性別の曖昧さを演出している可能性が高いのです。

作中で描かれる趙高の役割と、太后(母后)との怪しい関係

キングダムにおいて趙高は、始皇帝の母である太后に仕える側近として初登場します。太后と嫪毐による反乱計画において、趙高は重要な役割を担っており、その忠誠心は太后に向けられているように描かれています。

太后との関係性において、趙高は常に傍らに控え、太后の意向を汲み取り、時には暗躍する存在として描かれます。この主従関係が、読者に対して趙高の性別について混乱を招く一因となっています。なぜなら、宦官という立場上、男性機能を失った存在として太后の側に仕えることが許されているという設定が、キャラクターの中性的な描写を正当化しているからです。

趙高の役職「中車府令」とは

作中で趙高が就いている中車府令という役職は、史実でも実在した官職です。これは皇帝の車馬を管理する部門の長官であり、皇帝の移動に常に随伴する重要なポストでした。この役職に就いていたことで、趙高は始皇帝の身近で仕えることができ、後の陰謀を実行する基盤を築いたのです。

役職名職務内容重要性
中車府令皇帝の車馬管理皇帝の側近として常に随伴
丞相国政の最高責任者李斯が就任
郎中令宮中警備の統括宮廷内の安全管理

史実における「宦官」の定義と、漫画的アレンジの境界線

宦官という言葉は、古代中国において去勢された男性が宮廷で仕える制度を指します。去勢することで男性機能を失わせ、後宮に自由に出入りできるようにした存在が宦官でした。これは、皇帝以外の男性が後宮の女性たちと関係を持つことを防ぐための措置だったのです。

キングダムでは、趙高を宦官として描いていますが、この設定は長らく史実としても受け入れられてきました。しかし、近年の歴史研究では、趙高が本当に宦官だったのか疑問視する声が高まっています。

漫画という表現形式において、歴史的事実を完全に再現することは困難です。キングダムは史実をベースにしながらも、エンターテインメント性を重視した創作物であるため、趙高のキャラクター設定についても、史実と創作が混在しているのが実情なのです。

漫画では視覚的なインパクトと物語性を優先するため、趙高の中性的な容姿や不気味さが強調されています。これは歴史的正確性よりも、キャラクターとしての魅力を高めるための演出と言えるでしょう。

アニメ・実写版『キングダム』における趙高の配役と評判


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アニメ版の声優は誰?「声が変わった」という噂の真相を検証

アニメキングダムシリーズにおいて、趙高役を一貫して担当しているのは声優の佐々木望さんです。佐々木望さんは1980年代後半から活躍する実力派声優で、幽☆遊☆白書の浦飯幽助役やAKIRAの島鉄雄役などで知られる大ベテランです。

驚くべきことに、佐々木望さんは東京大学法学部を卒業した知性派でもあり、その知的なバックグラウンドが趙高という知略に優れたキャラクターの演技に深みを与えているとも言えます。

「声優が変わった」という誤解はなぜ生まれたのか

インターネット上では、趙高の声優が変わったという検索が一定数存在します。しかし、これは完全な誤解に基づくものであることが調査により判明しています。では、なぜこのような誤解が生まれたのでしょうか。

最も大きな要因は、敵国である趙国の将軍たちのキャスト発表との混同です。アニメの新シリーズが放送される際、趙国の李牧や趙峩龍といった新キャラクターのキャスト情報が大々的に報じられます。この趙という文字を見たユーザーが、早とちりして趙高のキャスト情報と勘違いしてしまったケースが多いのです。

キャラクター声優備考
趙高佐々木望第1シリーズから継続
李牧森川智之趙国の名将
趙峩龍東地宏樹趙国の将軍

佐々木望さんの演技は、感情を抑制した高めのトーンと粘着質で慇懃な語り口が特徴で、趙高の底知れぬ野心を見事に表現しています。キャスティング変更の事実は一切ありません。


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実写映画で趙高を演じるとしたら?ファンが予想するキャスト候補

実写映画キングダムシリーズは大ヒットを記録し、現在大将軍の帰還まで公開されていますが、趙高というキャラクターはまだ本格的には登場していません。これは、実写版が現在原作の馬陽の戦いまでを描写しており、王宮内部の権力闘争がメインとなる趙高の活躍場面には至っていないためです。

趙高が本格的にメインヴィランとして立ちはだかるのは、嫪毐の乱や始皇帝暗殺未遂事件前後となるため、今後のシリーズ展開次第で登場する可能性があります。

実写版においても、趙国の将軍たちのキャスト発表が大きな話題となりました。万極役の山田裕貴さん、馮忌役の片岡愛之助さん、趙荘役の山本耕史さんなど、趙という文字を含むキャラクターの情報が検索エンジン上で趙高と混同される原因となっています。

趙高役に求められる演技力

もし実写版で趙高が登場するとしたら、どのような俳優が適任でしょうか。趙高というキャラクターには、表面的な慇懃さの裏に潜む冷酷さ、知略に優れた頭脳、そして中性的な不気味さを演じられる高い演技力が求められます。

ファンの間では、中性的な雰囲気を持ちながらも鋭い演技ができる俳優として、様々な名前が挙がっています。実写化が実現した際には、原作の趙高のイメージを損なわない配役が期待されるところです。


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メディアミックスで強調される「不気味さ」の演出意図

漫画、アニメ、そして実写と、様々なメディアで展開されるキングダムですが、どの媒体においても趙高の不気味さは一貫して強調されています。これは単なる演出ではなく、物語における趙高の役割を視覚的・聴覚的に表現するための重要な要素なのです。

趙高は秦を内部から崩壊させる存在であり、英雄たちが築き上げた帝国を滅ぼす悪役です。このキャラクターの異質性を際立たせることで、視聴者に既存の秩序を破壊する恐怖を感じさせる効果があります。

アニメでは声のトーンと演技によって、実写では俳優の表情と佇まいによって、この不気味さが表現されることになるでしょう。メディアの特性を活かしながら、趙高という人物の本質を伝えることが、各メディアに課された使命と言えます。

史実の趙高は「宦官」ではなかった?新出史料が語る驚きの正体


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史記が記す「隠宮」の解釈と、去勢されていなかった可能性

歴史書史記の蒙恬列伝には、趙高の出自について重要な記述があります。それが隠宮という言葉です。この言葉の解釈が、趙高像を大きく二分しているのです。

伝統的には、唐代の注釈書である史記索隠などにより、隠宮は宮刑を受けた者が人目を避けて働く場所、あるいは宮刑そのものを指すと解釈されてきました。宮刑とは去勢刑のことであり、この解釈に基づけば趙高は去勢された宦官であったことになります。

新出土史料が覆す定説

しかし、1980年代以降に発掘された張家山漢簡という秦漢時代の法制史料により、新たな事実が判明しました。隠官という用語は、受刑者の子供が強制的に働かされる身分を指す可能性が高いことが明らかになったのです。

つまり、趙高自身が去勢されたのではなく、父親が罪を犯した結果、その子供である趙高たち兄弟が隠官という身分に落とされ、官営の工房や厩舎で労働させられていた、という解釈が成立するのです。

伝統的解釈(宦官説)最新学説(非宦官説)
隠宮=宮刑(去勢刑)を受けた場所
趙高自身が去勢された
史記索隠の注釈に基づく
後世の宦官イメージと一致
隠官=受刑者の子が働く身分
父親の罪により身分を落とされた
張家山漢簡など新史料に基づく
娘婿の閻楽の存在と矛盾しない

もし趙高が去勢されていなかったとすれば、娘婿である閻楽の存在も自然に説明できます。閻楽は趙高の娘と結婚した人物として史書に登場し、趙高の命令で二世皇帝胡亥を殺害した実行犯です。

趙の王族出身説?秦への「復讐」を誓った動機とは

趙高という名前の趙という文字に注目すると、興味深い説が浮上します。それは、趙高が趙国の王族の遠縁ではないかという説です。

史記には、趙高は諸の世の疎遠の属なりという記述があります。この諸が何を指すのかについては諸説ありますが、一説には趙国の王族を指すとも解釈されています。もしこれが正しければ、趙高は趙国の滅亡を招いた秦に対して復讐心を抱いていた可能性があるのです。

復讐としての秦帝国破壊

趙国は秦によって紀元前228年に滅ぼされました。もし趙高が趙の王族の血を引く者であったなら、秦への恨みは並大抵のものではなかったはずです。表面的には始皇帝に忠実に仕えながら、内心では秦を滅ぼす機会を虎視眈々と狙っていたという解釈も成り立ちます。

実際、趙高の行動を見ると、始皇帝の死後、遺言を偽造して後継者争いを引き起こし、有能な扶蘇と蒙恬を自殺に追い込み、無能な胡亥を皇帝に据えて国政を混乱させました。これらの行動は、意図的に秦を内部から崩壊させようとしていたと見ることもできるのです。

ただし、この復讐説はあくまで推測の域を出ません。趙高の真の動機が権力欲だったのか、復讐心だったのか、あるいはその両方だったのかは、史料からは明確に判断できないのが実情です。


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始皇帝に寵愛された理由は「法律の天才」だったから?

聡明な君主として知られる始皇帝が、なぜ趙高のような人物を信頼してしまったのか。この疑問には明確な答えがあります。それは、趙高が法律の専門家として極めて優秀だったからです。

史記には、趙高が獄法を習い、書を習うことに精通していたと記されています。秦は法治国家であり、厳格な法律によって統治される国でした。法律の知識と実務能力に優れた趙高は、始皇帝にとって欠かせない人材だったのです。

勤勉さが信頼を生んだ

さらに、趙高は非常に勤勉で働き者でした。始皇帝は勉強熱心で仕事に厳しい君主でしたが、趙高もまた同様に勤勉だったため、両者は仕事における相性が良かったのです。

始皇帝は趙高を中車府令という重要なポストに任命し、さらに自分の末息子である胡亥の教育係としました。これは絶大な信頼の証です。胡亥に法律と書を教えるという役目を任されたことで、趙高は皇帝一族との強固な関係を築くことができました。

しかし、この信頼こそが始皇帝の最大の誤算でした。最も忠実に見えた者が、最も危険な裏切り者だったのです。趙高は始皇帝の死を利用して遺言を偽造し、秦帝国を崩壊への道へと導いていきました。

趙高の能力評価始皇帝への影響
法律知識極めて優秀法治国家運営に不可欠な人材
書の技能卓越公文書作成において重用
勤勉さ非常に高い働き者の始皇帝と相性が良い
教育能力高い胡亥の教育係を任される

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始皇帝の死と「沙丘の変」!李斯を巻き込んだ希代の陰謀

巡行中の始皇帝急死!その時、趙高は何を思ったのか

紀元前210年、始皇帝は全国巡行の旅に出ました。これは帝国の威光を示すとともに、各地の統治状況を確認するための重要な行事でした。この巡行には、末息子の胡亥、中車府令の趙高、そして丞相の李斯が随行していました。

秦の始皇帝
引用元「Wikipediaコモンズ」より

しかし、河北省の沙丘という場所で、始皇帝は突然病に倒れます。そして、そのまま帰らぬ人となってしまったのです。享年49歳でした。

始皇帝は死の直前、長男の扶蘇に遺詔を送り、咸陽に戻って葬儀を執り行うよう命じました。これは事実上、扶蘇を後継者として指名する内容でした。扶蘇は当時、北方の国境を守る蒙恬軍の監軍として辺境にいました。

この遺詔を預かったのが、中車府令である趙高でした。ここに、歴史を変える大陰謀の種が芽生えたのです。


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遺言書の偽造工作!あえて愚鈍な胡亥(二世皇帝)を選んだ理由

始皇帝の死を秘密にした趙高は、胡亥に接近します。そして、巧みな言葉で胡亥を説得し始めました。

趙高は胡亥に対して、こう語りかけました。扶蘇が皇帝になれば、あなたには何の地位も与えられないでしょう。しかし、あなたが皇帝になれば、天下はあなたのものです。そして、趙高はあの有名な言葉を口にします。

断じて行えば鬼神もこれを避く

決意を持って行動すれば、鬼神さえも道を譲るという意味です。この言葉に動かされた胡亥は、趙高の計画に乗ることを決意します。

なぜ胡亥だったのか

趙高があえて胡亥を選んだ理由は明確です。胡亥は趙高自身が教育係を務めた人物であり、趙高の影響を強く受けていました。さらに、胡亥は政治経験が乏しく、操りやすいという特徴がありました。

これに対し、長男の扶蘇は賢明で、しかも名将蒙恬との関係が深い人物でした。もし扶蘇が皇帝になれば、趙高の権力拡大は望めません。むしろ、扶蘇と蒙恬の組み合わせは、趙高にとって脅威でしかなかったのです。

趙高の狙いは、権力を独占することでした。そのためには、自分の言いなりになる皇帝が必要だったのです。胡亥はその条件に完璧に合致していました。


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丞相・李斯を言葉巧みに共犯者へと引きずり込んだ心理戦

しかし、趙高の計画には一つ大きな障害がありました。それは丞相の李斯です。李斯は秦の法律を整備した天才的な政治家であり、始皇帝の信頼も厚い人物でした。この李斯を味方に引き入れなければ、遺詔の偽造は成功しません。

趙高は李斯に接近し、巧妙な論理で説得を始めます。その論法は実に巧みでした。

趙高は李斯にこう語りかけました。扶蘇が皇帝になれば、丞相には蒙恬が就任するでしょう。あなたは地位を失い、一族も没落します。しかし、胡亥が皇帝になれば、あなたは丞相の地位を保ち、栄華を極めることができるのです。

この論法は、李斯の保身欲を巧みに刺激するものでした。李斯は長年の功績により高い地位にありましたが、同時に多くの政敵も抱えていました。地位を失えば、報復を受ける可能性も高かったのです。

結局、李斯は趙高の説得に屈し、陰謀に加担することを決めます。法律の専門家である李斯と趙高が手を組んだことで、遺詔の偽造は完璧に実行されました。

偽造された遺詔は、扶蘇と蒙恬に自殺を命じる内容でした。忠孝を重んじる扶蘇は、父である始皇帝の命令と信じて疑わず、自ら命を絶ちます。蒙恬も同様に自殺しました。こうして、秦帝国の未来を担うべき優秀な人材が失われたのです。


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恐怖政治の始まり!蒙恬・扶蘇の粛清と李斯の悲惨な最期

悲劇の皇太子・扶蘇と名将・蒙恬を自害に追い込む

偽造された遺詔を受け取った扶蘇は、深い悲しみに沈みました。父である始皇帝に責められ、自殺を命じられたことに、扶蘇は絶望したのです。

扶蘇は温和で儒教的な価値観を持つ人物でした。始皇帝が行った焚書坑儒を諫めたこともあり、それが原因で辺境の監軍として左遷されていました。しかし、それでも扶蘇は父への忠誠心を失っていませんでした。

側近の蒙恬は、扶蘇に対して遺詔の真偽を確かめるべきだと進言しました。しかし、扶蘇は父の命令に疑いを持つことを拒否し、そのまま自ら剣を取って命を絶ったのです。

蒙恬も同様に自殺を命じられましたが、彼は当初これを拒否しました。しかし、最終的には咸陽に連行され、毒を飲まされて死亡します。

万里の長城
引用元「Wikipediaコモンズ」より

蒙恬は万里の長城建設の総責任者であり、秦の北方防衛を支える名将でした。この二人の死は、秦帝国にとって計り知れない損失だったのです。

ライバル李斯の処刑!「具五刑」という残酷すぎる結末

胡亥が二世皇帝として即位した後、趙高の権力は日増しに強大になっていきました。しかし、趙高にとって邪魔な存在がありました。それは、陰謀の共犯者である丞相の李斯です。

李斯は有能な政治家であり、二世皇帝の下でも丞相として国政を担っていました。しかし、李斯の存在は趙高にとって権力独占の障害でした。趙高は李斯を排除する機会を狙っていたのです。

李斯の讒言と逮捕

紀元前208年、趙高は李斯を謀叛の罪で告発します。各地で反乱が起きている状況を利用し、李斯が反乱軍と内通しているという虚偽の証拠をでっち上げたのです。

李斯は逮捕され、厳しい拷問を受けました。そして、紀元前208年9月、ついに処刑されます。その方法は具五刑と呼ばれる極めて残酷な刑でした。

具五刑とは、五種類の刑罰を順番に執行する処刑方法です。具体的には、入れ墨を施し、鼻を削ぎ、足を切断し、男性器を去勢し、最後に腰斬という体を真っ二つにする刑を実行するというものでした。李斯は咸陽の市場でこの刑に処され、さらに一族も皆殺しにされたのです。

李斯の最期は、陰謀に加担した者の末路を象徴しています。趙高の甘言に乗り、保身のために道を誤った李斯は、結局その趙高によって滅ぼされたのです。

秦の皇族を根絶やしに?趙高が抱いた底知れぬ憎悪

李斯を排除した趙高の暴走は止まりませんでした。趙高は二世皇帝胡亥を操り、始皇帝の子供たちを次々と粛清していきます。

史書によれば、始皇帝には多くの息子と娘がいたとされています。趙高はこれらの皇族を反乱の芽として摘み取る名目で、次々と処刑していきました。その数は十数人とも二十人以上とも言われています。

この大粛清は、単なる権力維持のためだけとは思えない激しさでした。趙高の心の底には、秦の皇族に対する深い憎悪があったのではないかと推測されます。もし趙高が趙国の王族の血を引く者であったなら、この粛清は復讐の一環だったのかもしれません。

ただし、趙高は始皇帝の孫である子嬰だけは生き残らせました。この判断が、後に趙高自身の命取りとなるのです。

粛清された人物身分死因
扶蘇始皇帝の長男偽遺詔により自殺
蒙恬名将・扶蘇の側近毒殺
李斯丞相具五刑により処刑
始皇帝の子女皇族次々と処刑

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故事成語「馬鹿」の由来!「鹿を指して馬と為す」権力誇示の真意

皇帝・胡亥さえも操り人形!朝廷を凍り付かせた「指鹿為馬」事件

奈良公園の鹿
引用元「Wikipediaコモンズ」より

日本語で使われる馬鹿という言葉の由来が、実は趙高の行動から来ているという説があります。その元となった事件が、指鹿為馬です。

ある日、趙高は朝廷に一頭の鹿を引いてきました。そして、二世皇帝胡亥の前でこう言い放ったのです。これは馬でございます、と。


引用元「Wikipediaコモンズ」より

胡亥は困惑して、これは鹿ではないかと趙高に尋ねます。しかし、趙高は堂々とこれは馬ですと主張し続けました。そして、胡亥は周囲の臣下たちにこれが鹿か馬か尋ねたのです。

この瞬間、朝廷は恐怖に凍りつきました。誰もが、これが趙高による忠誠心のテストであることを理解したからです。


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忠臣か裏切り者か?鹿を「馬」と答えた群臣たちの処世術

胡亥の問いかけに対して、群臣たちの反応は三つに分かれました。

一つ目は、沈黙を守った者たちです。彼らは鹿とも馬とも答えず、ただ黙っていました。二つ目は、正直に鹿ですと答えた者たちです。そして三つ目は、趙高に迎合してこれは馬ですと答えた者たちでした。

趙高は、鹿と答えた者たちの名前を記録しました。そして後日、これらの正直者たちを謀叛の罪で次々と粛清したのです。真実を語った者が罰せられるという恐怖政治が、ここに完成しました。

馬鹿という言葉は、この馬と鹿を組み合わせたものだという説があります。つまり、鹿を馬と言い張るような愚かな行為、あるいはそれに従う愚か者を指す言葉として生まれたというわけです。

この事件により、朝廷では誰も趙高に逆らえなくなりました。皇帝である胡亥でさえ、趙高の前では無力な存在となっていたのです。

現代にも通じる?趙高流「マインドコントロール」の恐怖

指鹿為馬の事件を現代的な視点で見ると、これは一種のマインドコントロールの技法と言えます。趙高が行ったのは、単なる権力の誇示ではありませんでした。それは、真実よりも権力者の意向を優先させる組織文化を作り上げることだったのです。

この手法は、現代の組織においても見られる現象です。上司の明らかな間違いを誰も指摘できない職場、事実よりも組織の論理が優先される環境。これらは全て、趙高が2000年以上前に実践したマインドコントロールの変形版と言えるでしょう。

趙高の恐ろしさは、暴力だけに頼らず、心理的な支配によって組織全体を掌握したことにあります。臣下たちは物理的な恐怖だけでなく、心理的な恐怖によって服従を強いられたのです。

この支配体制の下で、秦帝国は急速に腐敗していきました。各地で反乱が起こり、帝国は崩壊への道を突き進んでいったのです。


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秦帝国の滅亡と趙高の最後!子嬰による壮絶な復讐劇

望夷宮の変!自ら擁立した二世皇帝・胡亥を殺害する暴挙

紀元前207年、秦帝国は存亡の危機に瀕していました。各地の反乱軍、特に項羽と劉邦の軍勢が秦の領土を次々と奪取し、首都咸陽に迫っていたのです。

この危機的状況において、趙高は自らの保身を最優先に考えました。反乱軍が勝利することが確実となった今、全ての責任を誰かに押し付ける必要があったのです。その標的となったのが、自ら擁立した二世皇帝の胡亥でした。

趙高は娘婿の閻楽を使って、胡亥を襲撃させます。望夷宮という離宮に籠もっていた胡亥は、突然の襲撃に驚愕しました。閻楽は胡亥に対して、あなたは暴政を行い民を苦しめたと非難し、自殺を迫ったのです。

胡亥は必死に命乞いをしました。皇帝の座を降りて一介の王になること、それも許されないなら一般の貴族になること、それさえ許されないなら妻子と共に庶民として暮らすことを懇願したのです。

しかし、閻楽はこれを全て拒否しました。結局、胡亥は自ら剣を取り、命を絶ったのです。享年24歳という若さでした。


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玉璽を握りしめた趙高が「即位」を諦めた本当の理由

胡亥を殺害した趙高は、ついに秦帝国の最高権力を手に入れました。玉璽という皇帝の印章を手にし、自ら皇帝になろうと考えたのです。

しかし、趙高が朝廷で皇帝即位を宣言しようとした時、予想外の事態が起こりました。群臣たちが誰も趙高に従わなかったのです。

趙高は恐怖政治によって朝廷を支配していましたが、それは皇帝という権威を背景にしたものでした。趙高自身には、皇帝になるための正統性が全く欠けていたのです。宦官、あるいは罪人の子という出自、さらに趙という姓が示す可能性のある敵国出身という背景。これらは全て、皇帝として認められない理由でした。

趙高は、自分が皇帝になることは不可能だと悟ります。そこで、始皇帝の孫である子嬰を新たな皇帝として擁立することにしました。子嬰は比較的温厚な人物として知られており、趙高は胡亥と同様に子嬰を操れると考えたのです。

趙高が自ら皇帝になれなかったという事実は、彼の権力の限界を示しています。どれほど恐怖で支配しても、正統性なき権力は永続しないという歴史の教訓がここにあります。


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三世皇帝・子嬰の逆襲!一族皆殺しとなった趙高のあっけない幕切れ

子嬰は表面上、趙高の傀儡として皇帝に即位することを受け入れました。しかし、子嬰は趙高が考えていたような愚鈍な人物ではありませんでした。むしろ、復讐の機会を虎視眈々と狙う知将だったのです。

子嬰は即位の儀式の5日前、病気と称して宮殿に籠もりました。趙高は不審に思い、子嬰の様子を確認するために使者を送ります。しかし、子嬰は病気を理由に面会を拒否し続けました。

業を煮やした趙高は、ついに自ら子嬰の元を訪れます。この瞬間こそ、子嬰が待ち望んでいた機会でした。

復讐の瞬間

趙高が子嬰の前に現れた瞬間、待ち構えていた側近たちが一斉に襲いかかりました。子嬰は事前に腹心の宦官である韓談と協力して、この暗殺計画を練っていたのです。

趙高は為す術もなく殺害されました。さらに、子嬰は趙高の一族を全て処刑し、三族皆殺しという徹底した粛清を行いました。皇族を次々と殺害してきた趙高が、最後は自らの一族もろとも滅ぼされるという皮肉な結末を迎えたのです。

秦を滅亡に導いた史上最悪の権臣、趙高。その最期はあまりにもあっけないものでした。紀元前207年9月のことです。

しかし、趙高を排除した子嬰にも、もはや秦帝国を救う力は残されていませんでした。

劉邦
引用元「Wikipediaコモンズ」より

子嬰が皇帝となってわずか46日後、劉邦の軍勢が咸陽に到達します。子嬰は降伏し、秦帝国はここに滅亡したのです。

出来事時期結果
二世皇帝胡亥殺害紀元前207年7月趙高の権力頂点
趙高の皇帝即位失敗紀元前207年8月子嬰を擁立
趙高暗殺紀元前207年9月子嬰による復讐成功
秦帝国滅亡紀元前207年10月劉邦軍に降伏

秦の歴史に興味がある方には、始皇帝がどのようにして中華を統一したのかについて詳しく解説した記事もおすすめです。始皇帝と李信の関係についてご覧ください。


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まとめ:史実とキングダムで描かれる趙高の真実に迫る

  • キングダムの趙高は公式設定で男性だが中性的な容姿で描かれており女性説が広まった
  • アニメ版の声優は佐々木望が第1シリーズから一貫して担当しており変更はない
  • 声優変更の噂は趙国の将軍たちのキャスト発表との混同から生まれた誤解
  • 実写映画版ではまだ趙高は本格登場しておらず今後のシリーズ展開次第
  • 史実の趙高が宦官だったかは議論があり最新研究では非宦官説が有力
  • 隠宮という言葉は去勢刑ではなく受刑者の子が働く身分を指す可能性が高い
  • 張家山漢簡などの新出土史料により伝統的な宦官説が見直されている
  • 趙高には娘婿の閻楽がいたことから去勢されていなかった可能性がある
  • 趙国の王族の血を引くという説があり秦への復讐が動機だった可能性も
  • 始皇帝に寵愛された理由は法律の専門家として極めて優秀だったため
  • 沙丘の変で遺詔を偽造し扶蘇と蒙恬を自殺に追い込んだ
  • 丞相李斯を保身欲を刺激して陰謀の共犯者に引き込んだ
  • 愚鈍な胡亥を二世皇帝に擁立して権力を独占した
  • 指鹿為馬の故事で朝廷を恐怖で支配し馬鹿の語源となった
  • 李斯を謀叛の罪で告発し具五刑という残酷な方法で処刑した
  • 始皇帝の子女を次々と粛清し秦の皇族をほぼ根絶やしにした
  • 自ら擁立した胡亥を望夷宮で殺害し権力の頂点に立った
  • 皇帝即位を試みたが正統性の欠如により群臣が従わず失敗した
  • 子嬰を傀儡皇帝として擁立しようとしたが逆に暗殺された
  • 紀元前207年9月に子嬰によって殺害され一族も皆殺しにされた
  • 趙高の死後わずか1ヶ月余りで秦帝国は滅亡した
  • 権力欲と恐怖政治で帝国を内部から崩壊させた史上最悪の権臣
  • 創作と史実が混在するキングダムでは不気味な悪役として描かれている
  • 中性的な容姿と冷酷な知略を持つキャラクターとして読者に強烈な印象を与えている
  • 歴史における教訓として正統性なき権力の限界と恐怖政治の末路を示している
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