坂本龍馬は評価されすぎ?彼の功績を検証して英雄か否か判断してみた

幕末の英雄「坂本龍馬」は、「評価されすぎ」ているのかどうか、検証してみます。

坂本龍馬とは、いったい何を成し遂げた人なのでしょうか?

「薩長同盟」「大政奉還」「船中八策」。

龍馬は「無血革命」を目指していたわけですが、その功績は間違いなく、時代を変える偉業でした。


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この記事を短く言うと

・龍馬は一時、時代から忘れられていた存在

海援隊薩長同盟斡旋、大政奉還船中八策など、先見性のある功績がたくさんある

・龍馬は過大評価どころか、逆に過小評価されているのではないか


坂本龍馬!現代の評価は?

坂本龍馬が暗殺されたのは1867年12月10日。

戊辰戦争が終わった直後の明治2年(1869年)6月から9月に明治政府は論功行賞を行いましたが、坂本龍馬が死んで1年以上たっており、龍馬には何の論功行賞も行われませんでした。

明治時代に活躍しなかった龍馬は、人々の記憶から忘れられてしまいます。

龍馬は明治維新後、しばらく注目されることのなかった存在でしたが、明治16年(1883年)に高知の新聞に龍馬が主人公の小説が掲載され、大評判となった事により一躍その名が知られるようになりました。

次に龍馬ブームが起きるのは、「日露戦争」の時です。

開戦直前の明治37年(1901年)2月6日、皇后・美子の夢枕に龍馬が立ち、「私が海軍軍人を守護いたします」と語ったとの話が全国紙に掲載されたため、坂本龍馬の評判が全国に広まる事となりました。

戦後では昭和31年(1956年)に山岡荘八著「坂本竜馬」刊行。

さらに、昭和37年(1962年)に司馬遼太郎の「竜馬がゆく」が発表され、司馬の代表作の一つとなるとともに、戦後期における龍馬像の典型が形づくられました。

以後も、龍馬や海援隊を主題としたドラマや映画が多数製作されていて、現代の知識層には広く龍馬像や龍馬の功績が知れ渡っています。

龍馬は討幕のために人々をつなげ、平和裏に政権移行を実現し、新国家の道筋を指し示しました。

龍馬はその存在が、幕末の奇蹟と呼ばれ、唯一無二の人物であると評価されています。


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龍馬は、何を成し遂げてこれほど評価されているの?

龍馬が成し遂げたこととは、何でしょうか。

その1「海援隊」

幕臣の勝海舟と出会い、勝の私塾である「神戸海軍操練所」の設立に参加します。

後に海軍操練所は閉鎖となりますが、海軍の重要性に目覚めた龍馬は長崎に「亀山社中」、後の「海援隊」をつくります。

海援隊は貿易,海運などから得る利益をもって、国事に奔走した政治集団です。

近代的な株式会社に類似した組織、商社活動としても評価されています。

海援隊は西国諸藩、特に薩長両藩のために物資の輸送や西洋の武器・船舶の輸入などを行い、薩長の討幕準備に大きな役割を果たします。


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その2「薩長同盟」

幕末において薩摩と長州は天下の雄藩でした。

しかし、両藩は非常に仲が悪く、京都で起こった合戦(禁門の変)では敵同士として戦うほどになりました。

世間では討幕の機運が高まってきたのですが、まだまだ幕府の軍事力は強大でした。

そんな中、誰もが薩長が手を組めば、討幕が出来るのではないかと思っていました。

しかし、薩長は犬猿の仲。誰もがそんなことができるとは思っていませんでした。

そこで、坂本龍馬が薩の西郷隆盛、長の桂小五郎を説得します。その根拠は感情ではなく、利害を一致させることでした。

つまり、長は討幕の為の銃器が欲しかった。薩は長を隠れ蓑にして討幕の準備を進めたかった。

それをうまく使って龍馬が薩長同盟を締結させたのです。

薩長同盟の締結により、討幕派は薩長を中心として勢いを得て、討幕の動きが加速していくのです。


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その3「大政奉還」

大政奉還とは、江戸幕府が政権を朝廷に返上したことです。

大政奉還の直前、薩長を中心とした革命戦争を起こそうとしている討幕派に対し、龍馬は平和裏に政権移行をしたい非戦論者でした。

龍馬は土佐藩の参政「後藤象二郎」に大政奉還の案を授けます。

龍馬の大政奉還案に大いに感銘を受けた後藤は、将軍「徳川慶喜」に大政奉還を建白します。

徳川慶喜は大政奉還を受け入れ、これによって江戸幕府はなくなり、鎌倉以来約700年続いてきた武家政治は終了しました。

朝廷による新しい政治が始まったのです。

その4「船中八策」

龍馬は上京する途中の船中にて、同乗した「後藤象二郎」に8カ条の新しい国家構想を示します。

それは政権を幕府から朝廷に奉還し、朝廷(天皇)のもとに大名および新たに登用された人材(議員)によって様々な事を公の議論により決め、開国、法律制定、軍事力設置、貨幣統一などによって国家の体制を整えようとしたものでした。

その後、大政奉還により政権が朝廷に移ったとはいえ、実際にどの様に政治を運営すればよいのか、どんな国家にすればよいのか明確な考えがある人は誰もいませんでした。

そんな状況の中で、龍馬の船中八策は、新国家体制の基本方針とされ、明治維新政府に受け継がれて「五箇条の御誓文」へとつながってゆくのです。


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評価されすぎているのだろうか?

坂本龍馬は明治時代に活躍ができなかったのは、大きなハンデといえます。

西郷隆盛大久保利通木戸孝允岩倉具視等の維新の元勲や伊藤博文陸奥宗光、小村寿太郎等の政治家と比べると、龍馬は「新時代明治を形作った」人物ではありません。

したがって、何をしたのかが見えにくいため、一般的には評価もされにくい事は否めないと思います。

しかし、2.に挙げた龍馬の功績は、間違いなく当時、およびその後の時代や人々に影響を与えたことは事実であり、繰り返しになりますが、その存在が幕末の奇蹟なのです。

龍馬は表舞台で活躍した年数の短さ(神戸海軍操練所から暗殺までわずか4年)と、明治時代の功績の恩恵を受けていないため、一般的には過小評価されているように感じます。

日本史教育の中で、子供たちに坂本龍馬がもっと評価を受けてほしい(教科書から名前が消えるなどありえない!)と切に願います。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

・明治後、龍馬は暫くその存在が人々から忘れられていました。一時のブームを経て、戦後小説や映画などで龍馬の人物像や功績が定着しました。

・海援隊、薩長同盟、大政奉還、船中八策。龍馬はその類まれな先見性と実行力で時代を導きます。

・龍馬の死は早すぎました。そのせいで、龍馬の歴史における功績が、過小評価されているように感じます。

小説、テレビ、映画等で描かれる坂本龍馬はもれなく、とても魅力的な人物です。何かを成し遂げる人は人間的に魅力をもった人であることは現代でも通じますね。坂本龍馬は日本史の英雄であることは間違いありません。みなさん、是非もっと興味を持ってください!

以上となります

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