坂本龍馬は新撰組・斎藤一が暗殺したのか考察!新選組は龍馬の敵か?

明治維新から150年が経過した今でも「謎」とされている事件「坂本龍馬・暗殺事件」。

一説によると「新選組」三番組長「斎藤一」が、坂本龍馬を暗殺したとも言われています。

最新の定説では「会津藩主・松平容保」の命令で、京都市中見廻組「佐々木只三郎」が暗殺したとされています。

この記事では「龍馬暗殺」の真相と、「新選組と龍馬の関係」について、わかりやすく詳しく解説いたします。


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この記事を短く言うと

  1. 現在の定説では「坂本龍馬暗殺」は、会津藩主「松平容保」の命令で、京都市中見廻組「佐々木只三郎」が実行した、とされている
  2. 龍馬は「寺田屋事件」で役人を殺害しており、新選組という警察組織に追われていた
  3. 近藤勇は、龍馬の「徳川慶喜を新政府トップに迎える」という考えを知り、ひそかに坂本龍馬を守っていた、という説もある

坂本龍馬を暗殺したのは新撰組『斎藤一』か?

未だ犯人が確定していない歴史上事件に、坂本龍馬暗殺があります。

坂本龍馬
『引用元ウィキペディアより』

犯人として噂があったのは「新撰組」ともいわれています。

浅田次郎氏の小説「壬生義士伝」で、龍馬を暗殺したのは新選組の斎藤一であったとしています。

《斎藤一》
「引用元ウィキペディアより」

龍馬の身体に残されていた傷から、犯人が左利きで、そして北辰一刀流の達人の龍馬を殺せる腕前の持ち主ということから、斎藤の犯行だとしたものだと思われます。

また、余談ですが、龍馬暗殺当時の現場に残された鞘などの物証や、犯人の残した言葉が伊予弁だったらしいことから、同じく新撰組十番組長の「原田左之助」であったいう説もありました。

いずれにしても、現在の研究者で新選組犯行説を支持する者は皆無といってよいでしょう。

近年の一番有力な説は、実行犯が京都見廻組「佐々木只三郎」で、黒幕が主君の京都守護職「松平容保」というものです。

≪松平容保≫
「引用元ウィキペディアより」

龍馬は幕府から要注意人物として、幕府の伏見奉行所の襲撃を受けるなど、幕臣や会津藩士などから疎ましく思われていたことでしょう。

佐々木の兄で容保の補佐をしていた、手代木勝任(てしろぎ かつとう)という人物が、松平容保の命で佐々木に実行させたと記録を残しています。

このことが、容保と佐々木・手代木兄弟が龍馬暗殺に関与していた裏付けとなったようです。


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坂本龍馬と新撰組の関係は?

坂本龍馬と新選組の関係は、犯罪者と治安維持部隊という立ち位置でした。

慶応2年(1866年)、京での薩長同盟の会談を斡旋した直後に宿泊していた龍馬を伏見奉行の捕り方が捕縛しようとする騒動が起こりました。

もともとお尋ね者だった龍馬は、捕り方を殺害し逃走した殺人と逃亡のせいで、さらに罪を重くしてしまいました。

これを世に言う「寺田屋事件」といい、その後新撰組は幕府の奉行所同様、龍馬を捕まえようとしています。

新撰組は龍馬の味方だった?

龍馬と新撰組・局長の近藤勇は、一見すると敵同士で全く接点のないふたりのように思われます。

近藤勇《近藤勇》
「引用元ウィキペディアより」

しかし、近藤は龍馬の目指す大政奉還後の挙国一致体制 を支持していたともいわれています。

龍馬と近藤を結びつけたのは京都町奉行及び目付役の永井尚志(なおゆき)という人物です。

永井は会津藩主・松平容保ともに働いていたため、新選組の近藤達とも顔見知りで、慕われていたとされています。

そして、永井は近藤を信頼しており、近藤が永井の護衛を行っていた時期がありました。

永井の影響で近藤の思想は、大政奉還に関して賛同の方向に転じていた可能性があります。

永井の知り合いである龍馬も、大政奉還を成し遂げるために重要な人物として、近藤は龍馬を護衛していたとも考えられるのです。


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『坂本龍馬』と『近藤勇』について、レビュー(評論)!

国の行く末を想う「近藤勇」にとって、多大な恩のある「幕府」という組織は、非常に大切なものだったはず。

薩長ら「雄藩」が、「倒幕」へと舵を切る中、幕府を温存し、徳川慶喜を新政府に参画させようという「坂本龍馬」の構想は、瀕死の状況に陥る幕府サイドにとって、非常にありがたいものだったはず。

近藤勇も、永井尚志を通じて坂本龍馬の思想を知っていた可能性が高いと思います。

先程述べました「浅田次郎」の「壬生義士伝」という小説の中でも、近藤勇は斎藤一をつかって坂本龍馬を暗殺したものの、龍馬が幕府にとって必要不可欠な存在であったことは認めていた・・という設定になっています。

史実における近藤も、薩長とのパイプにもなる龍馬の価値を、強く理解していたのではないでしょうか。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

  1. 坂本龍馬暗殺の実行犯は京都見廻組・佐々木只三郎で、黒幕が京都守護職・松平容保であった。
  2. 坂本龍馬と新選組の関係は、犯罪者と治安維持部隊であった。
  3. 近藤勇は京都町奉行・永井尚志の知り合いであった坂本龍馬を護衛していた可能性がある。

以上となります。

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