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伊藤博文暗殺の理由と真相が超コワイ!犯人と襲撃場所から浮かぶ矛盾

初代内閣総理大臣・伊藤博文について、暗殺された理由や真相を、わかりやすく解説いたします。

伊藤博文の最期のようにについて、かんたんにまとめると以下のとおりです。

  1. 伊藤博文は、現在の中国・黒龍江省のハルビン市・ハルビン駅で、安重根(あんじゅうこん)という人物に暗殺された
  2. 伊藤博文は最期に「俺を撃ったりして、馬鹿なやつだ」と発言した
  3. 伊藤は腹部を銃で撃たれて亡くなった
  4. 伊藤の死から1年後の1910年、韓国は日本へ併合され、消滅した

さらにくわしい内容については、以下の本文で解説しております。


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どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。

この記事を短く言うと

  1. 伊藤博文を暗殺した犯人は安重根(あんじゅうこん)、暗殺現場は現在の中国・黒龍江省・ハルビン市
  2. 暗殺の理由は、韓国独立と東洋平和のため、らしいが、伊藤博文は朝鮮半島の併合に最期まで反対していた
  3. 暗殺の動機・理由に「伊藤博文が孝明天皇を暗殺したから」という項目があったが、伊藤が孝明天皇を暗殺した可能性は極めて低い
  4. 伊藤博文が亡くなった翌年1910年、日韓は併合された。安重根は韓国を独立させようとして伊藤博文を暗殺したらしいが、暗殺したせいで逆に「韓国は消滅」した

伊藤博文暗殺の犯人と、襲撃現場を解説

伊藤博文(いとう ひろぶみ)

松下村塾吉田松陰の弟子にして、初代内閣総理大臣だった人物です。

《伊藤博文》
『引用元ウィキペディアより』

伊藤博文暗殺事件が起こったのは1909年(明治42年)10月26日

場所は、清国・黒龍江省・ハルビン市のハルビン駅

犯人は大韓帝国の民族運動家・安重根(あんじゅうこん)

ピストルを至近距離から発射されたのです。

伊藤はロシアのウラジミール・ココツォフ蔵相と、満州や朝鮮問題については話し合うためにハルビンへ来ていたのです。

伊藤博文は撃たれた直後に、犯人が朝鮮人であることを知らされ

「俺を撃ったりして、バカなやつだ」

と言ったみたいです。

この言葉・・・どういう意味なのでしょうか?


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暗殺の理由は?実は勘違いだった

なぜ安重根は、伊藤博文を暗殺したのでしょうか?

この安重根という人物。実は結構有名な活動家で、一部の日本人からも支持されていた人物

安重根は留置されている間、看守たちと親しくなり、看守たちは安重根の助命嘆願や差し入れ、死後は供養も欠かさなかったとか。

そんな安重根が伊藤を襲った理由は、本人が言うには韓国のためではなく東洋の平和のためだそうです。

安重根は裁判で、動機について15の理由を公表しています。

1,伊藤博文の指揮で韓国王妃が殺害された

2,伊藤博文は兵力で無理やり5箇条の条約を締結したが、全て韓国にとって不利益

3,伊藤博文が締結した12箇条の条約は、韓国軍にとって不利益

4,伊藤博文は、韓国皇帝の廃位を画策した

5,伊藤博文のせいで韓国軍は解散させられた

6,不利益な条約締結を原因とし、韓国義兵が多数起ったが、伊藤博文は彼らを多数死なせた

7,韓国の政治権、その他の権利を奪った

8、伊藤博文は、韓国の学校で使う良好な教科書を焼却した

9、韓国民による新聞購読を禁止した

10、韓国の悪役人に金を渡し、銀行券を発行している

11,韓国民から国債を募り、土地を奪ったり役人にばらまいたりした

12,韓国皇帝を廃止し、日露戦争などを起こして東洋の平和を乱した

13、韓国に不利益な施設を多数つくった

14、伊藤博文は孝明天皇を殺めた

15,伊藤博文は、韓国は無事と偽りを世界に吹聴している


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実はこれ、結構いい加減で、事実と反するところが多々あります。

特に孝明天皇を殺めたという点ですが、孝明天皇が亡くなった当時、伊藤博文は長州藩及び桂小五郎の命令で、主に薩摩藩や英国商人を相手に武器購入の交渉役をしていました。

孝明天皇に危害を及ぼせる立場にありません。

安重根は、日本の天皇に敬意を払いつつ、東洋の平和を乱す伊藤博文を暗殺したらしいのですが・・・・・ちょっと見当違いです。

勘違いで暗殺・・・大久保利通の暗殺も勘違いが原因でしたが・・・伊藤博文も同じ目にあうとは・・怖いですね。

それどころか、安重根が伊藤博文を殺めてしまったことで、韓国は併合されてしまうのです。

 

伊藤博文の最期については、以下のリンク記事でもくわしく解説されております。


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暗殺した結果、何が起こったのか?

伊藤博文が亡くなった翌年の1910年、韓国は日本に併合されてます。

なぜ翌年に併合が起こったかというと伊藤博文は、日韓併合に強く反対した人だったから。この事件は韓国併合賛成派による陰謀だ!なんて噂が立つほどでした。

伊藤博文は、韓国の国力がつくまで保護国とすることには賛成していましたが日韓併合には反対していたのです。

なぜなら、日本国内の開発ですら巨額の資金が掛かり参っているのに、韓国まで併合したら費用が増して大変だから。

伊藤が韓国を保護国化して、国力をつけてもらいたかった理由は、韓国に38度線以南へのロシア南下を防ぐ盾になってもらいたかったからです。

日清・日露戦争に勝利したとはいえ、当時の日本の驚異は、あくまでもロシアと清。

伊藤が残した言葉

「俺を撃ったりして、馬鹿な奴だ」

というのは、そういう意味だったのです。

安重根は、日本ではテロリストとして扱われ、韓国では英雄扱い。

しかし・・・・安重根は、韓国があれほど歴史の汚点と忌み嫌っている韓国併合を加速させてしまった人なのです。

アメリカ出身の日本文学者ドナルド・キーンが言うには、安重根は大韓帝国消失を招いてしまったとのこと。

結果として韓国の歴史に汚点をつくってしまった安重根を、事もあろうに英雄扱いするのは、ちょっと筋違いな気がするのですが、どうやら韓国ではその価値観は通用しないみたいです。

まぁ、朝鮮半島は、今も昔も日本をおとしめるためなら、なにをしてもいいと考えているということでしょう。昔からそうだったんですね。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

  1. 1909年10月26日、伊藤博文は、清・黒龍江省・ハルビン市・ハルビン駅で、安重根に暗殺された
  2. 暗殺の動機は「東洋の平和のため」だとか
  3. 安重根の行動は「大韓帝国消失」を招いた

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました


吉田松陰」について、よろしければ以下のリンク記事も、お役立てくださいませ。


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