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【坂本龍馬】2017新発見の手紙の内容は?新国家設立に奔走していた

2017年に発見された「坂本龍馬が亡くなる直前に書いた手紙」には、何が書かれていたのか?わかりやすく解説いたします。

手紙には『福井藩の「三岡八郎」を、新政府の財政担当にすべき』と記されていた。

龍馬は暗殺される直前まで、「新国家」設立に奔走。

手紙は平成30年度末まで「高知城歴史博物館」で展示予定


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この記事を短く言うと

坂本龍馬が亡くなる5日前に作成した手紙が、2017年1月に発見された

・手紙の内容は「三岡八郎(由利公正)」を、新政府の財政担当にすべきだ・・と福井藩のサムライ「中根雪江」に要請するもの

・手紙は平成31年3月31日まで、高知市の「高知城歴史博物館」で展示されている


2017年1月、坂本龍馬暗殺5日前の手紙を発見

坂本龍馬

『引用元ウィキペディアより』

高知県は2017年1月13日に、2017年3月4日から開催されている『志国高知・幕末維新博』開幕事前記者発表会にて坂本龍馬の暗殺された『1867年11月15日の5日前』に、坂本龍馬から福井藩重臣の「中根雪江」宛の直筆の手紙を発見したと、尾崎正直知事より発表しました。

どこでどのように発見されたか、発見された経緯などは公表されていないが、高知県が大政奉還明治維新150周年を記念して開催する『志国高知・幕末維新博』のため全国の資料を調査する中で発見されたとのことです。

封書に入った形での発見で大変貴重な発見です。

封書には「才谷楳太郎」と、本紙では龍馬としている、また封書には「中根雪江様・御直披」としているが本紙では「中根雪江様 左右 」としていることから、内密に中根に渡されるようにしたものだと思われます。



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手紙の内容とは?

手紙は福井藩の重臣「中根雪江」に宛てたもので、その中で龍馬は当時、幕府への強硬な姿勢から謹慎処分中であった福井藩士の「三岡八郎(後の由利公正)」を、新政府の財政担当などの要職として、福井藩より出してほしいという依頼でした。

このことは龍馬の頭の中に、新政府の概要をイメージしていて、新政府の樹立に邁進していたということをあらわしています。

また、龍馬と福井藩の関係性が近いものであったといえるでしょう。

また、追伸として本日(11月10日)幕府の要人「永井尚志」に面会しようとしたが会えず、また明日会いに行くから、中根に同行できないかと尋ねています。

大政奉還がなされた約1か月後の事なので徳川家も含めた、新政府の形も思い描いていたのかもしれません。

この後、坂本龍馬の死後約1か月後、三岡八郎は新政府に出仕することとなり、新政府の資金調達や「五箇条の御誓文」作成に大きく貢献することになります。

手紙の実物はどこで観られるの?

現在、この手紙は「平成29年3月4日」から高知市の「県立高知城歴史博物館」で開催されている『志国高知・幕末維新博』で展示されています。

このイベントは「平成31年3月31日」まで開催の予定です。

まとめ

本日の記事をまとめますと

・2017年1月に坂本龍馬の暗殺5日前の福井藩重臣中根雪江宛の手紙発見されたと発表された。

・龍馬が福井藩士三岡八郎(後の由利公正)を新政府に出仕させるよう要望したもので、新政府樹立に邁進していた証となる。

・現在高知市の県立高知城歴史博物館で開催されている『志国高知・幕末維新博』にて展示されている。

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

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ありがとうございました

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