MENU

【新選組とは】わかりやすく簡単解説!龍馬との隠された接点がスゴイ

新選組とは何のための組織だったのか?また、どうして結成されたのでしょうか?

元々新選組は、「征夷大将軍を警護」するために結成された組織。その後「京都の治安維持」に力をつくすこととなる部隊です。

この記事では、新選組とは何なのかをご存知ない方のために、わかりやすく簡単に解説いたします。


スポンサーリンク


歴史専門サイト「レキシル」にようこそ。

どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。

この記事を短く言うと

・新選組とは「征夷大将軍を警護」するために結成された「警察部隊」で、後に会津藩主「松平容保」の指揮のもと京都の治安維持を担当した。今でいう「警察・特殊部隊」

戊辰戦争に参戦した新選組は、「五稜郭の戦い」で副長「土方歳三」が戦死し、新政府軍に降伏した

坂本龍馬暗殺に「新選組」が関与したと、当時から噂されていた


新選組とは何なのか?わかりやすく簡単に解説

『新選組』

《新選組》
「引用元ウィキペディアより」

新撰組はどんな組織だったのでしょうか。

簡単に言えば、彼らは「幕府の警察」として、幕府を倒そうとする人たちを取り締まり、京都の平和維持のため活動していた組織でした。

「新選組」は、黒船来航から始まった「幕末」という時代に活躍しました。

明治維新の5年前【1863年】に誕生し、明治維新の翌年である【1869年】に戊辰戦争最期の戦いである「箱館戦争(五稜郭の戦い)」で崩壊しています。

新撰組は幕府のトップである「征夷大将軍」だった14代「徳川家茂(とくがわ いえもち)」を警護する目的で結成された組織でした。今でいうところの「SP」または「特殊部隊」のような組織です。

身分を問わず侍も農民も、「剣術が上手で強い人」であれば積極的に採用。

そして会津藩主「松平容保」の指揮下で、京都の治安維持に尽力したのです。

ちなみに、のちに新撰組の局長となった「近藤勇」や副長「土方歳三」は、もともと武士ではなく農民出身です。

《近藤勇》
「引用元ウィキペディアより」

1864年の「池田屋事件」で倒幕派の長州藩の多くの志士を討ち取ったことをきっかけに新撰組の名が一躍有名となりました。

新撰組には200人以上の隊士が所属する組織にまで成長し、ついに1867年に幕府の家臣へと躍進していきました。



スポンサーリンク


新選組の最期

ようやく幕府の家臣として認められた新撰組は、大政奉還後、徳川慶喜率いる旧幕府軍と、薩摩藩・長州藩が率いる新政府軍の衝突に巻き込まれていきました。

その初戦となった「鳥羽・伏見の戦い」では、副長であった土方歳三が指揮をとり、新政府軍と戦います。

《土方歳三》
「引用元ウィキペディアより」

ピストルや大砲など外国の近代的な武器を展開した新政府軍に対し、新撰組は刀や槍で応戦しますが、圧倒的な武力の前に撤退を余儀なくされました。

不利な状態によって味方の寝返りが相次ぎ、ついには旧幕府軍大将・徳川慶喜の撤退で、新撰組は壊滅していきました。

鳥羽・伏見の戦いで敗れた新撰組は「甲陽鎮撫隊(こうようちんぶたい)」と名前を改め、甲州街道を進む新政府軍と戦闘を開始。

その後、戦闘は戊辰戦争へと発展し、最終戦闘地である箱館・五稜郭にて土方歳三が戦死。

この時すでに、近藤勇は新政府によって処断されていたため、2人の頭を失った隊士たちは新政府軍に降伏し、ついに新撰組は最期を迎えました。



スポンサーリンク


坂本龍馬と新選組の関係とは?

しばしば、坂本龍馬の暗殺に新撰組が関わっていたと言われています。

改革派であり、倒幕への働きかけを行っていた坂本龍馬は、新撰組からも目をつけられていました。

1867年に近江屋で龍馬は襲撃を受け、致命傷でほぼ即死。

剣術にも長けていた龍馬が斬り倒されたことから、暗殺犯は刀の腕前がかなりあったのではないかと推測できます。

このことから、実行犯として新撰組の名前が上がり、実際に近藤勇が幕府の取り調べを受けました。

近藤勇は事件の関与を否定し、関与を裏付ける証拠もないため、新撰組による暗殺説はたち消えになりました。

また、現在、近藤勇と坂本龍馬、双方の地を引く子孫が生きていると言われています。

以前ある番組で紹介されたことによると、父方の祖先が坂本龍馬で、母方の祖先が近藤勇ということでした。



スポンサーリンク


『新選組』について「ひとこと」いいたい

「志と剣の腕さえあれば、誰でも入隊可能」それが新選組でした。

身分制度の厳しかった江戸時代に、この「身分を問わない」という制度は、とても画期的なものだったはずです。

中には今でいう「国外逃亡犯」とも言うべき「脱藩浪士」もいたとのこと。

現代のフランスには「フランス外人部隊」という特殊部隊が存在しますが、新選組もまた、ある種の「外人部隊」のようなものだったのかもしれません。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回は新撰組について解説して生きましたが、ポイントは、

・新撰組は将軍を守るために結成された幕府お抱えの警察組織で、のちに「京都の治安維持」を担当した部隊であること

・戊辰戦争最後の地、箱館でリーダーを務めていた副長「土方歳三」が戦死したことにより、新撰組は崩壊したこと

・「坂本龍馬」暗殺事件に、新撰組が関与したという説もあったこと

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました



スポンサーリンク


「新選組」関連記事

以下のリンク記事でも、「新選組」の「逸話」や「人物」「出来事」について簡単に理解できるように、わかりやすく解説させていただいております。

よろしければこれらの記事も、ぜひお役立てくださいませ。

「新選組」の関連記事

 

「土方歳三」関連記事

 

「沖田総司」関連記事

 

「その他【新選組】幹部」の記事

 

「新選組」に関連する歴史的出来事の記事


スポンサーリンク
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (2件)

  • ①新選組の最期の文終わり2行目から最後の隊士たちはっとありますが、隊士たちは、でしょうか。

    ②新選組(新撰組)主要メンバーのページに九番隊鈴木三樹三郎の3行目警察としてとあるが、警察官としてと思う。

    ③剣豪集団新撰組壮絶な最期のページ近藤勇の最期6行目に説得し混同をは近藤です。まさに混同してますよ。

    • ありがとうございます
      お忙しいところ、貴重なコメントをいただき、とても助かっております
      出来ることなら、今後ともお力添え頂けましたらとても助かります
      本当にありがとうございます

コメントする

目次
閉じる