大久保利通の死因が超壮絶!ご遺体が受けた2つの無残な仕打ちとは?

2018年大河ドラマの主人公「西郷隆盛」の盟友として有名な「大久保利通」について、「残酷なエピソード」と「暗殺の詳細」をくわしく解説したいと思います。

西郷隆盛、木戸孝允とともに「倒幕」「明治維新」に尽力し、「維新三傑」の1人として知られる大久保利通。

もともと薩摩藩の下級藩士の子として生まれ、維新後に明治政界のリーダーにまで登り詰めたことは有名だと思います。

しかし、その彼が道半ばで生涯を閉じた「悲惨な事件」について、くわしく知っている方は少ないのではないでしょうか?


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どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。

この記事を短く言うと

・大久保利通の死因は「頭部への刀傷」その他数々の刀傷だった。

・大久保暗殺の際に、「子供のように逃げ回った」などの悪い噂が広められた

・地元・鹿児島への「納骨」は、西南戦争を指揮し「英雄・西郷隆盛を死なせた男」だったため、「平成」まで行われなかった


大久保利通の死因は?

大久保利通
『引用元ウィキペディアより』

大久保利通の死因は、全身に受けた16箇所の刀傷によるものです。

そのうちの半数は、頭部に集中しており、首の傷は、突き刺さった刀が地面に達するほど深いものでした。

また、襲撃現場に駆けつけた「前島密(まえじまひそか)」の証言によると、大久保の頭蓋骨・・・中が見えてしまうほどで、しかもまだ、わずかに動いていたのだとか・・・。

犯人の恨みの深さを物語っているかのようです。

1878年(明治11年)5月14日、現在の「東京都千代田区紀尾井町」で、大久保利通は「石川県の不平士族(元サムライ)6名」によって暗殺されました。(紀尾井坂の変

この事件は、明治天皇に謁見するため、馬車で赤坂仮皇居に向かっていた大久保が、紀尾井坂付近にて、不平士族6名に襲撃されるというものでした。

実行犯は島田一郎長連豪杉本乙菊脇田巧一杉村文一浅井寿の6名。


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まとはずれな「犯行の動機」

犯人たちの動機は、彼らが警察に自首したときに持っていた「斬奸状」という書簡に記されていました。

そこに記された「大久保利通・5つの罪

しかしその動機は、どれもこれも的外れ。

1,国会も憲法もつくらず、民衆の権利をないがしろにしている
2、法令の朝令暮改が激しすぎる。政府内でのコネを使った人材採用が多すぎる
3,必要のない公共事業に、血税が無駄遣いされている
4、国を憂うものたちをないがしろにして、内乱を引き起こしている
5,不平等条約の改正をせず、国益を損ね続けている

これらは全て的外れです。大久保は勘違いで殺害されたと言わざるを得ません。

おそらく「西郷隆盛の敵」として国民から嫌われていた「大久保利通」を殺害し、「英雄」として称賛されると思ったのでしょう。現代日本でも「権力の座にある者」を根拠もなく批判している人がたくさんいます。権力者を批判することで、称賛されたいのでしょう。その批判が真実か否か、自分の手で調べもせずに・・・。

大久保を暗殺した犯人たちは150年後の現在まで、汚名を残すこととなってしまいました。

真の動機は「腹いせ」

主犯の「島田一郎」は、「第一次長州征伐」「戊辰戦争」に参戦し、明治維新後は「軍人」として務めていた人物です。

島田は「征韓論」、つまり「朝鮮半島への出兵」に賛成しており、「明治六年の政変」で西郷が政府を辞めたことに激怒。征韓論が実行されなかったことに怒りを覚えていたのです。

ほかのメンバーも、征韓論に賛成しており、朝鮮と戦争をしない政府に不満を持っていました。

それら不満が爆発し、明治政府のリーダー「大久保利通」暗殺という凶行に走ったのです。

「斬奸状」などという立派な代物をつくってはいるものの、結局は自分たちの「活躍の場」を奪われたことへの「腹いせ」。そして手っ取り早く「歴史に名を残そうとした」というだけのこと。褒められたことではありません。

 

そんな「不平士族」達は、大久保を待ち伏せして襲撃。日本刀で馬の足を切断し、御者を殺害。さらに、馬車に乗っていた大久保を引きずり降ろし襲うという犯行に及んだのです。

犯人たちの「その後」

犯人たちは犯行直後に「斬奸状」という「犯行動機」記された書簡を手にして警察へ自首。

事件から約2ヶ月後、裁判を受け、「斬首刑」となっています。


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「借金まみれ」だった大久保

贅沢な生活をしているだろうと思われていた大久保ですが、実は「借金まみれ」でした。

死後に残された借金は「8000円」。現在の価値になおすと「約3億2000万円」。

なぜ借金まみれだったのか。実は大久保は、日本のためになる「公共事業(学校など)」には、自ら借金をしてまで予算を与えていたのです。

生前の大久保を尊敬していた債権者たちは、借金の理由も知っていたため、「取り立て」を全くしませんでした。

明治政府は維新の功労者である「大久保」の家族をあわれみ、大久保が生前に鹿児島へ『学校設立』のために寄付した「8000円」を回収。さらに募金を募って集めた「8000円」も加えた「16000円」で、遺族の生活を保証。

これにより生活を保証された大久保利通の子どもたちは、のちに「政治家」となって父の意志を継ぎ、次男「牧野伸顕」は外務大臣として「山本権兵衛内閣」で活躍することとなるのです。


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警察トップ「川路利良」の失敗

実は「島田一郎」たちが「大久保暗殺」を計画していることは、警察トップで大久保の側近であった「川路利良」の耳にも情報が入っていました。

しかし、島田はこれらの情報をすべて無視してしまうのです。

「石川県の士族に、何ができるというのだ」

と・・・。

その後、大久保利通は暗殺されてしまいます。

大急ぎで現場に駆けつけた「川路利良」は泣きながら、自分の手帳に記された「暗殺を計画している危険人物」の名前を読み上げていきます。

その読み上げた名前は、全て「暗殺犯6名」と完全に一致。

川路は責任をとって辞職を希望しましたが、却下されています。

「川路利良」さえ用心していたら、大久保利通は死なずに済んだかもしれません。


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大久保利通の遺体が受けた、2つの「ひどい仕打ち」

紀尾井坂の変で斬殺された大久保ですが、更なる悲劇が待ち受けていました。

複数人による襲撃にも関わらず、

『無礼者!』

と勇敢に暗殺犯達を一喝していた大久保。しかし「子供のように泣き叫び、逃げ回った」という噂を広められてしまいます。

襲撃されたとき、大久保はいつも護身用に持ち歩いていた「ピストル」を忘れてしまいます。

幼いころから病弱で、武芸を苦手とし、学問に熱中していた大久保。残念ながら凶刃に倒れることとなってしまいました。

この時、大久保の怒鳴り声について、襲撃犯はのちに

「とても恐ろしかった。

顔と声が怖かった」

というような証言をしています。

大久保は、とても威厳のある人物で、「人斬り半次郎」の異名をとった剣豪「桐野利秋」も、大久保の一睨みで言葉を失ったという逸話があります。襲撃犯が、一喝で恐怖したのも、うなずけます

この噂を広げたのは、明治政府内の「長州藩出身者による派閥」の者たちだと言われています。大久保利通がリーダーをつとめた「薩摩出身者の派閥」をおとしめて、長州藩閥は自らの勢力を拡大しようとしたのでしょう。


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もうひとつのひどい仕打ちとは、大久保の地元である「薩摩・鹿児島への納骨」が「平成」までされていなかったことです。

大久保は前年に起こった西南戦争の際に西郷隆盛と敵対し、死なせたため、地元「薩摩」で非常に嫌われていました。

さらに、大久保は明治新政府の実質トップとして、「廃藩置県」や「廃刀令」などを手動して「武士」の特権を次々と奪った人物。それが原因で、薩摩士族からとても嫌われていたのでした。

それが原因で、近年まで大久保利通を称える銅像も、お墓もありませんでした。

それだけ西郷隆盛の人気が、当時から凄まじかったということです。


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現在、大久保利通の遺体は何処にある?

では、地元から納骨を拒否され、根も葉もない噂を広められてしまった大久保の遺体は、今どこで眠っているのでしょうか?

大久保の葬儀には「1200人」もの参列者が参加。葬儀費用は「4500円」(現在の価値で約1億8000万円)。日本最初の「国葬」が行われました。

しかし、西南戦争で鹿児島の英雄「西郷隆盛」を死なせた張本人として、「西郷の敵」と認識されて激しく憎まれているため、故郷「鹿児島」への納骨はおこなわれず、東京都港区の「青山霊園」に埋葬されています。その墓石は、鳥居をかねそなえた、とても立派な代物です。

憎まれているとはいえ、大久保利通は「日本の基礎」を作り上げた偉人。

その功績は「徳川幕府を倒した西郷隆盛」にも負けないものがあります。大久保利通がいなかったら、「現代日本」は存在していません。下手をしたら日本は、複数の国に分断していたかもしれません。

「古い国家をぶち壊した西郷隆盛」と「新しい国家の基礎をつくりあげた大久保利通」・・・まるで「鎌倉幕府を倒した兄・足利尊氏」と、「室町幕府をつくった弟・足利直義」のように、西郷・大久保は「表裏一体」の関係だったのです。


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大久保は「予知夢」で暗殺を事前に知っていた?

大久保が見た「予知夢」

実は大久保利通、暗殺を予知していた・・という説があります。

大久保は事件の数日前、「前島密(まえじまひそか)」に、『不思議な夢』をみたと語っているのです。

「私は西郷さんと激しく口論していた。

すると、西郷さんに私は追いかけられ、そのまま高い崖の上から転落したのだ。

転落死した自分の身体を、私は眺めていた。

自分の頭蓋骨が砕け、脳が微動している様子がアリアリと見えたよ」

暗殺現場に真っ先に駆けつけた「前島密」は、その惨状をみて愕然とします。

大久保から聞いていた惨状と、全く同じだったのです。

倒れた大久保。砕けた頭蓋骨と、微動する脳。

ということは「西郷と口論し、西郷に追いかけられた」というのは、どういう意味だったのか?

大久保を死へといざなったのは、「西郷隆盛」だということなのでしょうか・・・。

そんなことありえない!と、思いたいですが・・・。

その「予知夢」は、おそらく西郷を死なせた「大久保」の罪悪感が見せたものだったのでしょう。


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伊藤博文に残した「最期の手紙」

大久保利通は、事件の数分前、「伊藤博文」に「手紙」を書いています。そこには

「私は今からすぐに参内(天皇に謁見)する。

あなたもすぐに来てください。」

と記されていました。

伊藤は急いで参内。するとそこに「大久保利通・暗殺」の報せが・・・。

「実に驚いた。すなわちこの時、大久保公が私におくった手紙が、絶筆となったのだ」

伊藤はそう言っています。大久保の意志を受け継いだのか、伊藤博文は「初代総理大臣」として、大久保に代わり明治政府を主導する立場となるのです。

そんな伊藤博文もまた、安重根に暗殺され、大久保と同じ運命をたどることとなります。


伊藤博文・暗殺事件」について、よろしければ以下のリンク記事をお役立てくださいませ。

「伊藤博文暗殺の理由と真相が超コワイ!犯人と襲撃場所から浮かぶ矛盾」の記事はコチラ

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大久保が乗っていた「馬車」は倉敷市に現存

大久保利通が事件の際に乗っていた「馬車」は、遺族が供養のために「岡山県倉敷市」の「五流尊瀧院(ごりゅうそんりゅういん)」に奉納されました。

事前に電話連絡さえすれば、一般人にも見せてくれるようです。

「五流尊瀧院」の住所と電話番号は、以下の通り

【住所・〒710-0142 岡山県倉敷市林952】

【電話番号・086-485-0027】

数年前までは、大久保利通の「血のあと」がくっきりと残っていたみたいです。


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まとめ

この記事でお伝えした大久保利通に関するエピソードは、以下の3点になります。

✳︎大久保利通の死因は、紀尾井坂の変での頭部に集中した刀傷である。

✳︎大久保に批判的な者達に、暗殺の際の悪い噂を広められてしまったこと。

✳︎西郷隆盛の敵と見なされ、地元での納骨が行われていないこと。

大久保は暗殺の動機として、公金を私財の肥やしにしたと指摘されていましたが、実際は必要な公共事業を私財で行うなど、金銭に対しては潔白な政治家であったとされています。

国のために尽くした人物が、暗殺され、更に死後150年近く経った今でも、このような仕打ちを受けているのは遺憾です。

 

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました


大久保利通」について、以下のリンク記事で、詳しく解説させていただいております。よろしければお役立てくださいませ。

↓↓↓↓↓↓

「大久保利通がしたことをわかりやすく簡単解説!暗殺された理由は何?」の記事はコチラ
「大久保利通の家系図を調査!子孫は内閣総理大臣で財務大臣のあの人!」の記事はコチラ

 

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コメント

    • 正躰 範仁
    • 2018年 12月 09日

    私が思うには大久保のような人間はこざかしい今の官僚とかわらない資質をもった人物だということ。
    古くからの盟友を裏切り、自分の保身だけを考えていたということから大河ドラマを見ていても腹立たしい。
    大久保が暗殺されてからも日本はちゃんとやってこれてるから、大久保が明治政府に最初からいなくても日本は立派にやってこれただろう。
    それに、明治維新等、諸外国の戦略によって坂本や木戸や大久保などが踊らされて国内に多数の彼らのようなテロリストによって政府転覆を画策された茶番劇。
    アヘン戦争で疲れた英国が自らの手を汚さず日本人自身の手で国をぶっ壊すように竜馬とかに武器を渡して今でいうテロリストを養成、革命というテロを起こさせたのが真相。なので竜馬もそういった黒幕にかかわった輩に暗殺された。
    そういう意味では大久保も同じ穴のムジナ。
    子孫はどうしてるのか知らないが、恥ずかしくて世に出てこられないんじゃないか?と少し気の毒だかそういう先祖を持ったから仕方ないっていえば仕方ないか。西郷はさすがに大久保や木戸とは比べ物にならないほどの大物だったらしい。
    なので、鹿児島県民が西郷をたたえ、大久保を下に見るのは当然だろう。大衆の素朴な意見ってだいたいが正しいのは歴史が実証している。

      • rekishiru
      • 2018年 12月 10日

      いつもお世話になっております。
      大変貴重な意見をいただきまして、誠にありがとうございます。
      とてもすばらしい意見をいただき、大変うれしく思います。
      至らぬ私の愚見に対し、貴重な反対意見をいただけまして、とてもありがたく、心より感謝申し上げます。
      まだまだ未熟ではございますが、何卒今後とも、当サイトをご愛顧いただけますよう、心よりお願い申し上げます。
      本当にありがとうございます。

  1. とくに民主党政権時代の政府批判はひどかった。
    民主党政権は不慣れな政権運営によって力及ばずして公約を果たしかねたものが多かった。
    昨今の安部政権下における不作為や故意による執政と一緒にされては困る。

    • NN
    • 2018年 12月 17日

    初めまして、たまたま訪問したら興味深く拝見させて頂きました。
    西郷さんの存在がデカすぎて、大久保や木戸には感心が低かったのですが、こうやって事実を知ったら、一人、一人が懸命に仕事をされていたのが伝わりますし、もっと知りたいと思いました、ありがとうございます!

      • rekishiru
      • 2018年 12月 18日

      いつもお世話になっております。
      この度は当サイトをご訪問頂き、誠にありがとうございます。
      お役にたてましたら、これほど嬉しいことはございません。
      これからも、皆様のお役にたつサイト運営を心がけて参りたいと思っております。

      今後とも当サイトへのご愛顧を、何卒よろしくお願いいたします。
      貴重なコメントを、ありがとうございました。

    • 春日部龍子
    • 2018年 12月 20日

    凄く良く分かりました!

    毎回見合ていませんでしたが12月16日でNHK大河ドラマの『西郷どん』最終回見ることできました。
    最終回では西郷隆盛が死んだあと紀尾井坂で大久保利通も暗殺されるんですね。
    紀尾井坂で襲撃され馬車から引きずり降ろされるシーンが出てきました。
    そこで暗殺されるのは分かりますが、御者と馬はどうなったんでしょう?
    気になりました。
    すると番組終了後のゆかりの地を訪ねるコーナーで、馬と御者の方のお墓が紹介されたのです。
    馬も御者も殺されてたんですね~( ;∀;)
    ずいぶんひどいなと思います。

    rekishiruさんの解説で色々よ~くわかりました。
    立派な事を言ってもやはり、人としての情けの無い者はダメですよね。

    ありがとうございました。

      • rekishiru
      • 2018年 12月 22日

      いつもお世話になっております。
      当サイトをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。

      おっしゃる通り、大久保利通とともに従者「中村太郎」とお馬さんはなくなっています。
      唯一生き残ったのが、大久保や中村と同行していた「芳松」という名前の従者です。
      彼は救援を連れて現場に戻った所、すでに大久保は亡くなっていたようです。

      情けの無い人間はいけない
      これもおっしゃるとおりだと思います。

      貴重なコメントを頂きまして誠にありがとうございます。
      今後ともぜひぜひ、当サイトをお役立てくださいませ。
      ありがとうございました

    • 山岡仁美子
    • 2018年 12月 22日

    毎回、一年間楽しみに見ていました。
    が、、 歴史に疎く、鹿児島弁が、なかなか理解出来ないところがありましたが、このサイトと出会い、とても理解出来ました。ありがとうございました。
    鹿児島弁も、柔かくて大好きになりました☺️

      • rekishiru
      • 2018年 12月 22日

      いつもお世話になっております。
      大変貴重なコメントを頂きまして、救われた心地がいたします。
      当サイトをご愛顧いただきまして、誠にありがとうございます。
      また、当サイトをお役立てくださいましたこと、心より感謝申し上げます。
      とても得難く、あたたかいお言葉をいただき、とても嬉しく存じます。
      2019年の大河ドラマ「いだてん」、2020年の大河ドラマ「麒麟が来る」についても、解説記事をあげて参りますので、よろしければまたぜひぜひお越しいただきたいと思います。

      貴重なお言葉、本当にありがとうございます。
      さらに役に立つサイトを構築してまいります。
      ありがとうございました。

    • カントク
    • 2018年 12月 24日

    はじめまして。
    「西郷どん」も終わって、改めて登場人物を調べてみると色々考えさせられますね。
    大久保氏は、確かにイギリス等の西欧諸国に対抗する為、日本を中央集権国家にするべき奔走したと思います。
    しかし、維新の功労者である士族達を、内戦に近い形で命を散らせた責任は逃れられないでしょう…。
    判官贔屓かもしれませんが、苦労した方達には、それに見合う礼を与えるべきだったのですが、武士の誇りである「刀」まで取り上げたのは、士族達の憎悪を駆り立てる最悪の悪手だったのでしょう。
    西郷氏はそうならないように、必死に行動しましたが結果はご覧の通りでした。
    古い考えかもしれませんが、命を懸けて戦っていた士族達への「恩義」を大切にしなかったのが、その後の大久保氏の運命を決定付けたのかもしれません。

      • rekishiru
      • 2018年 12月 24日

      いつもお世話になっております。
      大変貴重なご意見を頂きまして、誠にありがとうございます。
      大久保利通の責任や廃刀令について、おっしゃること、ごもっともかと存じます。
      反対意見をいただけますことは、本当にありがたいことであり、心より感謝申し上げます。
      どうか今後とも、当サイトをぜひぜひご愛顧いただけますよう、お願い申し上げます。
      ありがとうございました。

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