【吉田松陰】辞世の句の意味を解説!至誠・大和魂の願いと志に涙!

幕末、長州藩の天才「吉田松陰」が、死ぬ前に残した「辞世の歌」と、その意味を、わかりやすく解説いたします。

「たとえこの身体が、武蔵の国の土となっても、日本人としての魂は、ここに残していきます」

命を燃やしつくした吉田松陰先生の魂は、弟子たちに受け継がれているのです。


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この記事を短く言うと

・吉田松陰の辞世は「身はたとひ 武蔵の野辺(のべ)に 朽(く)ちぬとも 留め置かまし 大和魂」

・辞世の意味は「私の身が、たとえ武蔵国の野に朽ち果てても、私の日本人としての日本を想う魂だけは、この世に置いていきたいと願っております」

・松陰の死後、「高杉晋作」「伊藤博文」「山県有朋」らの弟子たちが数々の功績を残した


《「吉田松陰」最期の様子と辞世の句》

吉田松陰はアメリカへの密航を企てた罪により、長州藩の生家での禁錮を命じられます。

《吉田松陰》
『引用元ウィキペディアより』

禁錮時代に松陰が主宰したのが松下村塾です。

しかし、世は井伊直弼による安政の大獄の嵐が吹き荒れます。

親王、公卿、大名などが検断され、松陰の様な田舎の志士にまでその影響は及び、松陰は幕命により江戸に檻送され、評定所で取り調べを受けます。

その取り調べで松陰は驚くことに、老中「間部詮勝」暗殺計画を自ら進んで告白してしまいます。

結果、伝馬町牢屋敷にて斬首刑に処されます。わずか30歳という若さでした。


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長州藩公用人であった小幡高政が長州藩の代表として判決の場に立ち会っています。

高政はこのときの松陰の様子を語っています。

「髪の毛や髭はぼうぼうと伸びていたが、その眼光は鋭く光りまるで別人のようでした。

その姿には一種の凄味さえ感じました。

死罪を申し渡され【立ちませい!】と役人に促されると、松陰は立ち上がり私のほうを向いて微笑みながら一礼すると、くぐり戸から出ていきました。

その直後に朗々と漢詩を詠む声が聞こえたのです。

その漢詩は

【吾今国のために死す 死して君親にそむかず 悠遊天地の事 鑑照明神にあり】

というものでした。

評定所の役人や護送役人たちは松陰の漢詩に聞き入っていましたが、朗詠が終わると我に返り松陰を駕籠に乗せて伝馬町の獄まで連れて行ったのです」

また、その刑の執行役であった山田浅右衛門も松陰の最期を語っています。

浅右衛門は松陰のことを知らなかったようですが、刑場の場に現れた松陰は実に悠々としていて、役人に【御苦労様】と挨拶をして端座したそうです。

その堂々とした態度に役人も感嘆し、首を打たれる瞬間まで落ち着いていた松陰を真にあっぱれであったとのこと。

松陰の辞世の句は

「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」


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《至誠・大和魂とはどういう意味?》

吉田松陰と同郷の内閣総理大臣「安部晋三」の座右の銘は

「至誠にして動かざる者未だ之れ有らざるなり」

です。

「誠の心をもって尽くせば、動かなかった人など今まで誰もいない」

という意味です。

「至誠」とはとても強い意味の言葉ですね。

松陰は至誠の心をもって入牢時代の他の囚人たち、門下生に接したのでしょう。

また、吉田松陰の辞世の句

「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」

の意味は、

「私の身が、たとえ武蔵国の野に朽ち果てても、私の日本人としての日本を想う魂だけは、この世に置いていきたいと願っております」。

松陰は死ぬにあたり、門下生に自分の意志を継いで日本のために行動を起こしてほしいというメッセージを込めたのだと思います。

この辞世の句は多くの門下生の胸に刻まれ、明治維新を成功させる源となりました。


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《松陰の死後、その弟子たちの功績とは?》

松下村塾では多くの幕末・維新のリーダーが育ちました。

その中で3名の功績について簡単に
述べましょう。

高杉晋作
晋作は代々毛利家に仕えてきた名門の家に生まれます。

松下村塾では久坂玄瑞と並び、「松下村塾の双璧」としてその才を松陰に愛されます。

幕末の革命児と呼ばれ、その行動力は尋常ではなく、後に伊藤博文は晋作を

「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し」

と評しています。

討幕を目標に掲げ、奇兵隊を創設し初代総督となります。

「功山寺挙兵」でのクーデターにより長州藩の藩政を奪還し、第二次長州征伐では海軍総督として「丙寅丸」に乗船し戦闘指揮を執り、幕府軍を敗走させています。

しかし、肺結核に侵され師匠の松陰より若い27歳でこの世を去ります。


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伊藤博文
言わずと知れた初代内閣総理大臣。

高杉晋作らと尊王攘夷運動を行い、イギリス公使館焼打ちにも参加しています。

藩命によりイギリスに留学していましたが、ロンドンで米英仏蘭の四国連合艦隊の長州藩攻撃の計画を知って急ぎ帰国します。

その後、高杉晋作らと藩内クーデターに勝利し、以後藩主流派として藩政改革に参画、おもに対外交渉の任にあたります。

松陰は

「俊輔(伊藤博文の呼び名)、周旋(政治)の才あり」

と評し、政治家としての能力を見出していました。

維新後は大久保利通の信任を得て順調に出世し、大久保が暗殺されると、その後を継いで内務卿となり、明治政府の中心人物となります。

そして、1885年(明治18年)にはこれまでの太政官を内閣制度に切り替え、初代首相に就任します。

1909年に(明治42年)暗殺されるまで、日本の立憲政治の創設に貢献したのです。


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山縣有朋
高杉晋作の奇兵隊創設とともにこれに参加し、武芸や兵法の素養を活かして頭角を現します。

そして、軍監として奇兵隊の実権を握り、第4代総督となります。

長州征討で高杉と共に活躍、戊辰戦争では北陸道鎮撫総督・会津征討総督の参謀となります。

維新後は明治維新政府軍部の最高首脳となり、国軍の創設に着手。ヨーロッパで数百年を要した兵権統一の大事業を一気に実行します。

その後は陸軍大輔、陸軍卿、近衛都督、西南戦争における征討軍参謀、参謀本部長など陸軍の枢要ポストをことごとく歴任し、陸軍のみならず政官界の大御所、「元老中の元老」として隠然たる影響力をもつ人物にのし上がるのです。


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《『吉田松陰』について、レビュー(評論)!》

吉田松陰といえば、「松下村塾」で、「明治の元勲」達を育て上げたお方。

そのため、吉田松陰のことを「先生」をつけて「松陰先生」と呼ぶのが一般的となっています。

行動力・・・・吉田松陰先生は、確かに人を育てる天才だったことでしょう。

「入江九一」「山田顕義」「前原一誠」らの人材を育て上げ、塾生ではないものの「木戸孝允」もまた、松陰先生に教育を受けています。

拙者は、吉田松陰先生のことを大変尊敬していますが、その「指導力」よりも「行動力」を評価したいのです。

外国を視察するために脱藩したり、外国の船に乗り込んで密航しようとしたり。

今の日本に「吉田松陰」がいたなら、おそらくあの国へ渡り、「拉致被害者救出」に決死の覚悟で尽力。諸外国へ「密入国」してでも視察し、軍事力や政治機構を学ぶ。日本の問題点を見つけ出し、改善のために関係各所を説得して回るなど、一時もジッとしていることはないでしょう。

「堀江貴文」さんが、「成功するためには行動あるのみ」と言っていました。その通りだと思います。

吉田松陰先生の行動力

今こそ見習うべきなのではないでしょうか。


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《まとめ》

本日の記事をまとめますと

・吉田松陰は安政の大獄の影響を受け、幕府に刑殺されますが、その最期は見事でした。
松陰の辞世の句「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」

・松陰が大切にした「至誠」は安倍晋三総理大臣の座右の銘にもなっています。松陰の辞世の句は松下村塾の門下生の胸に刻まれ、明治維新の原動力となりました。

・松下村塾の塾生
高杉晋作:奇兵隊創設者。藩内クーデターで表舞台に立ち、長州征伐では幕府軍を退けます。
伊藤博文:初代内閣総理大臣。明治の立憲政治の基礎をつくります。
山縣有朋:明治陸軍をつくりあげ、要職を歴任した「元老中の元老」です。

吉田松陰が松下村塾を主宰したのはわずか3年ほど。

にもかかわらず、門下生から幕末・維新のリーダーが数多く輩出したのはとても信じられない気がします。

松陰の熱い魂が門下生に影響を与えたのでしょう。

松陰の言葉は現在でも通じる重みのある言葉なのです。

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました


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