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武田信玄の名言解説!一生懸命だと知恵が出る・人は城・の意味とは?

現代でも注目を集めている「武田信玄の名言」

「一生懸命だと知恵が出る」

「人は城、人は石垣・・・」

の意味を簡単解説


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歴史専門サイト「レキシル」にようこそ。

拙者は当サイトを運営している「元・落武者」と申す者・・・。

どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。

この記事を短く言うと

武田信玄は、数多くの名言を残し、それらは現代でも役立っている

・一生懸命だと知恵が出る・・・すなわち「強い意思」を持ってやるべきだということ

・「人は城・人は石垣」とは、「道具よりそれを使う人のほうが大切であり、人を大切にするには情けは味方」という意味


武田信玄・名言集

戦国時代の名将「武田信玄

その信玄の名言は、今でも多くの人々に学ばれています

その信玄の名言集を、ここでざっとご紹介いたします



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・渋柿は渋柿として用いよ!接ぎ木して甘くすることなどは、所詮小細工でしかない!信頼して初めて、人は力を尽くしてくれる

 

・学問はすなわち、木の枝を青く覆う葉のようなもの

 

・自分がやりたいことよりも、嫌なことを先に行え。この心構えがあれば、道半ばで挫折し、身を滅ぼすようなことはない

 

・最期のひと押しこそ、慎重であれ

 

・組織とは、まず上に立つ管理者が己を管理して始まる

 

・人を使うのではなく、その技を使うのである

 

・武将の三大失観

1,分別のある者を「悪人」と見ること

2,遠慮のある者を「臆病」と見ること

3,軽躁である者を「勇剛」と見ること

 

・疾きこと風の如く・徐かなること林の如く・侵掠すること火の如く・動かざること山の如く・知り難きこと影の如く・動くこと雷霆の如し

(孫子の兵法の一説。この中で【侵掠すること火の如く】の意味がわかりにくいです。それについては「孫子の兵法・火攻編」に詳しく書かれています)

 

・負けるべきでない軍に負け、亡ぶべきでない家が亡ぶことを、人はみんな天命だと言う。しかし、私はそれを天命だとは思わない。全てやり方が悪かったのが理由だと思う

 

・大将は、家来に慈悲の心で接することこそ大切だ

 

・為せば成る 成さねば成らぬ 成る業を 成らぬと捨つる人の はかなさ

 

・一日一つの教訓を学べば、一月三十条となる。これが一年になれば、三百六十箇条ものことを知ることとなる

 

・三度ものを言い、三度言葉の変わる人間は、嘘つきである

 

・私が定めた法律の下で、私が違反していることがあれば、身分の上下にかかわらず指摘せよ。時と場合によって自らの身を断ずる覚悟をしている



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・勝敗は六分か七分勝てば良い、八分の勝ちは既に危険で、九分・十分の勝利は、大敗を招きかねない。なぜなら驕りは大敗のもとだからだ

 

・戦いとは、五分の勝利を上と成し、七分の勝ちを中と成し、十分の勝ちを下と成す。

その理由は、五分で励ましを生じさせ、七分で怠りを生じさせ、十分で驕りが生じるがため。

たとえ戦に十分の勝ちを得たとしても、驕りを生ずれば、次は必ず敗れるなり。

戦に限らず、何事もこの心構えが大切だ

 

・私の軍は欲のためでなく、民を安楽にするためだと民が知れば、私の軍が進むことを心待ちするようになるだろう

 

・百人のうち九十九人に誉められるのは、善き者ではない

 

・戦いは四十歳前は勝つように、四十歳からは負けないようにするべきだ。ただし二十歳前後は自分より小身の的に対して負けなければいい。勝ちすぎてはならない。将来を第一に考えて、気長に対処するべきなのだ。

 

・今後、一人働きは無用。足軽を預かっていながら、独りよがりの行動を取ってしまっては、組の者は組頭をなくし、味方は勝利を失うこととなってしまう



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武田信玄はある日、戦争の話を4人の幼い子供たちに聞かせていました。

一人目は、口を開いてじっと話し手の顔を凝視。

二人目は、耳を澄まして、うつむきながら聞いていました。

三人目は、じっと聞きつつ、顔を見て時々笑ったり頷いたり。

四人目は、席をたって走り回ってました。

 

この子供たちの性格を、武田信玄が分析しています

一人目は、武将として良い家臣に恵まれない。なぜなら話を聞いていないから。

二人目は、良い武将となる。話を自分なりに理解しようと努力している。

三人目は、手柄をたてるだろうが、人からの妬みを受けるだろう。人の話を楽しんで聞く余裕があるから、苦労している様子を周囲に理解してもらえないのだ。

四人目は、臆病者となる。合戦の話に耐えられないのだから。


これらの名言・・・・豊かな知識量と、その知識から生まれる知恵によるものでしょう。

武田信玄は、幼い頃から「学問好き」だと言われていましたから、その知識量が信玄の基礎となったと考えられます。



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「一生懸命だと・・・」の意味

信玄の名言集に、こんなものがあります

「一生懸命だと知恵が出る

中途半端だと愚痴が出る

いい加減だと言い訳が出る」

これは現代でも十分に通用する格言です。

つまり「命がけで一生懸命」だと「知恵を絞る」

中途半端な覚悟で行うと「愚痴」が出て、責任を転嫁してしまう。

いい加減だと「言い訳」が出て、途中で投げ出してしまう

ということです。

確かに、「何としてでも成し遂げる」と、強い意思を心に刻みつけると、知恵を絞って物事を成し遂げようとします。

しかし、中途半端な覚悟をしていると、愚痴ってしまいがち・・・成し遂げようという意思がないと、言い訳を考えてしまうものです。

この格言は

「絶対に成し遂げる!という、強い意思こそが、何よりも大切」

ということを、暗に示しているのです。



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「人は城・人は石垣」の意味

信玄の名言の中には、意味がわかりにくいものがあります。

「人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵なり」

五七五七七で、短歌となっています。

一体どういう意味なのか?

簡単にいえば

「城より石垣より堀よりも、私は人を信頼し重んじている」

という意味

たとえ道具がどれほど優れていても、それを用いる人間を使いこなせなくては意味がない。人間を使いこなすためには「情け」を味方とし「仇」を敵とする心構えこそ大切。ということでしょう。

戦術的な観点から、この格言を考えてみると、信玄が何を大切にしていたかが、よりわかります。

「城」とはなにか?それは人を守るための防衛施設。

この「城」というものは「自陣」にしか作れません。

城を攻められた時は、すなわち「自陣」が攻められたということ。

城の周辺には、自国民による耕作地が存在しています。

敵兵は、それら耕作地の生産物を破損します。

つまり、「自陣に攻められたとき、自国民の損害は避けられない」ということです。

例えば「織田信長」や、その父「織田信秀」は、籠城戦を好まず、一歩でも外に出て戦う戦法を使っていました。

信玄もまた、攻められる前に敵地に攻め込んでいます。

自国民を大切にする・・・そのためには、「城」という防衛施設に頼るのではなく、敵地で戦うということが大切になってきます。

信長も信秀も信玄も、名将と呼ばれる者たちは、自国民を大切にしていたことが伺えます。


武田信玄の死因」については、以下のリンク記事で、詳しく解説させていただいております。よろしければご利用下さいませ。

武田勝頼と、長篠の戦いで亡くなった武田名臣たち」については、以下のリンク記事で、詳しく解説させていただいております。よろしければご利用下さいませ。



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まとめ

本日の記事をまとめますと

・武田信玄の名言は、今でも役立てられている

・一生懸命だと知恵が出る・・・「絶対に成し遂げる」という強い意思による

・人は城・人は石垣とは、すなわち物よりも人のほうが大切であり、人を味方にするには「情け」が大切だということ

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました


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