武田信玄・最強説を考察!ライバル・上杉謙信とどっちが強い?

戦国最強と謳われた「武田軍」を率いた名将「武田信玄」

本当に最強だったのか?

ライバルと呼ばれた「上杉謙信」とどっちが強い?


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この記事を短く言うと

・武田信玄の生涯戦績は、諸説あるが「72戦49勝3敗20分」

・信玄が強かったのは、戦国時代・超一流の「策略家」だったため

・武田信玄よりも、上杉謙信のほうが強い・・・・信玄自身がそれを自覚していた


武田信玄の戦績

武田信玄の生涯戦績は、諸説ありますが

「72戦49勝3敗20分」

と言われているようです。

この武田信玄の「3敗」の内、2つが信州の武将「村上義清」に喫した「上田原の戦い」と「砥石(といし)崩れ」での敗北。

もう一つが「遠江国・高天神城攻城戦」

1571年、小笠原信興が守る「高天神城」に、信玄が攻め込んだ戦い。

この戦いが敗北か否か、諸説ありますが、武田信玄は堅城「高天神城」を攻め落とせずに撤退。

その他、「1~5次・川中島の戦い」「駿河侵攻」「三方ヶ原の戦い」などなど、数多くの戦いを行っている信玄・・・。

引き分けが多かったのは、それほど積極的に戦おうという姿勢がない、「防衛戦」が多かったため。

元々戦うつもりがない・・特に「第四次・川中島の戦い」を除く4回の「川中島」では、強敵・上杉謙信を相手にして、「戦わずに引き分けで済ませられたら、損失をゼロにできるから【引き分け大歓迎】」という姿勢でした。

引き分けが多いのは、「弱いから」ではないのです。


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なぜ信玄は強かったのか?

天下統一目前までいった名将「織田信長

信長は信玄を恐れ、生涯一度も戦わず、信玄の息子「武田勝頼」を相手にすることすら恐れたと言われています。

なぜ、天下統一目前までいった信長が、ここまで信玄を恐れたのでしょうか?

理由は単純で、単に武田信玄が強かったから

「戦ったらかならず勝つ」「絶対と言っていいほどに負けない武将」

それが信玄でした。

武田信玄は、なぜそれほどまでに強かったのか?

簡単に言ってしまうと、それは「信玄」が当時、超一流の「策略家」だったためでしょう。

信玄は「孫子の兵法」を知り尽くし、孫子の一説「風林火山」を旗印にするほど、知識が豊富な人物。

当時の兵法書といえば「六韜三略」という代物が一般的でしたが、当時マイナーだった「孫子の兵法」すらも知っていた信玄は、一流の「策略家」「戦略家」「戦術家」だったのでしょう。

兵士としての質が高い「武田軍」と、名将揃いの「武田家臣団」を自在に操る武田信玄は、戦国時代「最強軍団」として周囲から認識されていたのです。


武田信玄・家臣一覧」は、以下のリンク記事で、詳しく解説させていただいております。よろしければご利用下さいませ。

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上杉謙信とどっちが強い?

武田信玄といえば、ライバルの「上杉謙信」

両者の5度にわたる「川中島の戦い」が有名です。

両者共に名将として、後世に名を残していますが、どちらのほうが強いのか?

どちらが強いのかを知るには、1568年に行われた「第四次・川中島の戦い」を検証するのがわかりやすいはず。

この戦いは「武田軍・2万人」VS「上杉軍・1万3千人」による戦い。

兵力は、武田信玄のほうが「1.5倍

しかも上杉謙信は、敵地のど真ん中である「妻女山」に陣取っています。

「兵力」「地の利」、どちらも武田軍のほうが圧倒的に有利な状況。

しかし結果は、武田軍の損害が「約4千人」、上杉軍の損害が「約3千人」

損害は武田軍のほうが多いです。

諸説ありますが、上杉謙信は生涯で「72度」の合戦を経験。

そのうち「2度」しか敗北したことがない、と言われています。

その2度の敗北というのも、明確に「負けた」といえるような「大敗」ではありません。

更に武田信玄は、5度の川中島の戦いで、実に4度・謙信との決戦を避け続けた事実があります。

戦国最強と呼ばれた「武田信玄」ですが、戦争の強さで言えば、「上杉謙信」には敵わなかったのではないでしょうか。

その事実を、信玄自身が誰よりもわかっていたため、4度も決戦を避けたのでしょう。


武田信玄の子孫」について、以下のリンク記事で、詳しく解説させていただいております。よろしければご利用下さいませ。

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まとめ

本日の記事をまとめますと

・武田信玄の生涯戦績は、諸説あるが「72戦49勝3敗20分」

・信玄が強かったのは、超一流の「策略家」だったため

・第四次川中島の戦いの結果からしても、戦争の強さで言えば、武田信玄よりも上杉謙信のほうが強かった

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました

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