三島通庸の家系図がスゴイ!子孫は麻生太郎や三島由紀夫と大物ぞろい

「三島通庸(みしま みちつね)」の「家系図」と「子孫」が、ひと目でわかる記事はコチラ

日銀総裁「三島彌太郎」、日本最初のオリンピック選手「三島弥彦」の父にして、南東北各県の「県令」を務め、「鬼県令」と呼ばれた「三島通庸」。

元首相の「麻生太郎」さんは、三島通庸の末裔だった!


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この記事を短く言うと

  1. 三島通庸(みしま みちつね)の子孫は、元首相「麻生太郎」さん
  2. 三島通庸は、「山形」「福島」「栃木」などで県令を務め、「警視総監」も務めた
  3. 三島通庸の子供たち「彌太郎」は「日銀総裁」、「弥二」は「警察部長」、「三島弥彦」は「オリンピック選手」となった

三島通庸の家系図!子孫は「麻生太郎」や「三島由紀夫」?

三島通庸(みしま みちつね)

《三島通庸》
「引用元ウィキペディアより」

日本最初のオリンピック選手「三島弥彦」の父「三島通庸」の「家系図」をご紹介いたします。

《三島家の家系図》
「家系図の引用等はご遠慮くださいませ」

「三島通庸」の子孫には、元首相「麻生太郎」さんがいます。

「三島通庸」の娘「峰子」が、大久保利通の次男にして「外務大臣」を務めた「牧野伸顕」と結婚。

牧野伸顕の娘「雪子」が、元首相「吉田茂」と結婚。

「雪子」「吉田茂」の間に生まれたのが、「二・二六事件」で祖父「牧野伸顕」を身体を張って守り通した女性「和子」さん。

その「和子」さんの子供が「麻生太郎」さんや、皇室へ嫁いだ「信子」様。

また、「金閣寺」「春の雪」などの名作を生み、壮絶な最期を遂げた作家「三島由紀夫」は、三島通庸と血縁はないものの、親戚にあたります。


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三島通庸とは誰なのか?鬼県令で警視総監!

三島通庸とは、薩摩藩の武士の子に生まれ、西郷隆盛大久保利通らに、その才能を認められ、「鳥羽伏見の戦い」「戊辰戦争」で活躍した人物。

1835年、薩摩藩で生まれた「三島通庸」は、「明治維新」の後、「山形」「福島」「栃木」で県令(知事)」を務め、最期は「警視総監」となっています。

三島通庸は、明治新政府に反発していた農民たちの反乱を、厳しい弾圧でしずめました。そのため、後世では「鬼県令」と呼ばれることとなったのです。

その後、1885年に「警視総監」に就任。「子爵」の爵位を与えられています。

そのわずか3年後「1888年」、脳溢血で倒れ、死去。

葬儀では、12000人もの参列者に見送られたと言われています。墓地は東京「青山墓地」。

ちなみに、妻「和歌子」は、「女西郷」と呼ばれた女傑で、常に命を狙われていた「三島通庸」の「護衛」「ボディーガード」を務めていたと言われています。かなりの剣豪だったとも言われていますね。


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息子たちも大物ぞろい!長男は日銀総裁!三男はオリンピック選手

三島通庸の息子たちは、大物ばかりです。

 

長男「彌太郎(やたろう)」は、「日銀総裁」として活躍。

次男「豊沢弥二」は、父と同じく「警察官」の道を進み、「滋賀県警察部長」「奈良県警察部長」となっています。この豊沢弥二の妻「愛」の姉「夏子」の孫が「三島由紀夫」です。

上の家系図には書かれていませんが、もう1人「三島弥彦」の兄に「三島弥吉」という人がいます。総理大臣「山本権兵衛」の内閣で浮上したスキャンダル「シーメンス事件」で有名な起業、シーメンス社の重役だった人です。

末の弟「三島弥彦」は、「金栗四三」とともに「ストックホルムオリンピック」に参加した「日本最初のオリンピック選手」。弥彦はその後、兄「彌太郎」と同じ「横浜正金銀行」で務めています。

弥彦は、ストックホルムオリンピックで惨敗。次の「ベルリンオリンピック」は中止となり、その後は「金栗四三」と違って、スポーツ界に携わることなく生涯を終えています。

 

三島弥彦」については、よろしければ、以下のリンク記事をお役立てくださいませ。

【三島弥彦とは】子孫と家系図がスゴイ!大久保利通や麻生太郎の親戚だった」の記事はコチラ

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『三島通庸』について「ひとこと」言いたい!

「三島通庸」は、「反対運動」を弾圧し、道路工事などのインフラ整備を強引にすすめ、「鬼」と呼ばれた人物です。

しかし、三島通庸の葬儀には「12000人」もの人が参列。別れを惜しんでいます。

なぜ三島は、それほど慕われていたのか?

三島通庸がすすめた道路などのインフラは、今でも活用されており、県民の生活を支えています。県民の生活を豊かにしたことで、三島は慕われていたのではないでしょうか。

三国志の英雄「曹操孟徳」が憧れた政治家「西門豹(せいもんひょう)」も、三島通庸と同じように、民衆から文句や苦情を言われても、水路工事をすすめて、後に土地の生産力を大幅にアップさせています。

三島通庸という政治家は、たとえ民衆から嫌われても、人気がなくても、民衆の利益(国益)となることは、断固として実行する「信念の政治家」だったのでしょう。


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最近の日本では「借金が1000兆円」などという、嘘八百を並べたて、自分たちの権限を強くするために「増税」ばかりを主張する「政治家」「役人」があふれています。

借金1000兆円は、子孫の代で返さなくてはいけない。子孫に肩代わりさせてはいけない」という理屈らしいですが、三島通庸の時代に、無理してつくった「道路」のツケを、子孫である「麻生太郎」さんらが払ったとは、聞いたこともありません。(そもそも1000兆円の借金の他にも、ほぼ同額の貯金があるので、日本は破産なんてしない・・・と嘉悦大学教授・高橋洋一さんが言っていました。)

借金してつくった「インフラ」などは、子孫が恩恵をこうむるので、返す必要がないのです。

我々も三島通庸のように、子供や孫の世代に財産を残す必要があります。そのためには、「借金」というウソとついて「増税」しようとする政治家ではなく、国益を守れる優れた政治家を見抜いて投票する「眼」と「正しい情報を選択できる手」が必要なのかもしれません。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

  1. 三島通庸の子孫は、元首相「麻生太郎」さん
  2. 三島通庸とは、「明治維新」後に、南東北の各県で県令を務め、最期は警視総監となった人
  3. 三島通庸の息子達は、「彌太郎」が「日銀総裁」、「弥二」が「警察部長」、「弥吉」がシーメンス社の重役、「弥彦」が「オリンピック選手」となっている

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました


よろしければ以下のリンク記事も、お役立てくださいませ。

「【三島弥彦とは】子孫と家系図がスゴイ!大久保利通や麻生太郎の親戚だった」の記事はコチラ
「大久保利通の生涯と壮絶な最後!西郷隆盛と並ぶ『憎まれた英雄』の真実」の記事はコチラ
西郷隆盛の最後の様子は壮絶!『最期の地』と『死に際の言葉』に絶句」の記事はコチラ

 

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