【太平洋戦争とは】小学生向けにわかりやすく解説!開戦の原因は何?

「太平洋戦争」について、「小学生向け」に、超わかりやすく「年表」や「真実」を解説いたしました。

太平洋戦争とは何か?そして、なぜあの戦争は起こってしまったのか?日本の敗因は何だったのか?

実は当時、この戦争は「大東亜戦争(だいとうあせんそう)」と呼ばれていました。

しかし「日本」を「悪者」にしたいアメリカ軍が「大東亜戦争」と呼ぶことを禁止していたのです。

我々の先祖は、本当に「悪」だったのか?

実はあの戦争は、アメリカ大統領「フランクリン・ルーズベルト」が、日本国民とアメリカ国民の両方をだまして、無理やり始めた戦争だったのです。


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歴史専門サイト「レキシル」にようこそ。

拙者は当サイトを運営している「元・落武者」と申す者・・・。

どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。

この記事を短く言うと

  1. 「太平洋戦争」とは「1941年12月8日~1945年8月15日」まで、日本とアメリカの間で起こった戦争のこと
  2. 太平洋戦争は、アジア各地を侵略していた日本をアメリカが懲らしめた・・・わけではなく、アメリカ大統領「フランクリン・ルーズベルト」の罠によって始まったもの
  3. 「太平洋戦争」は、当時「大東亜戦争(だいとうあせんそう)」と呼ばれていたが、「大東亜」という言葉が広まると、日本軍が「悪」ではないことがバレてしまうため、GHQが「大東亜戦争」と呼ぶことを正式に禁止した

「太平洋戦争」とは何か、小学生向けにわかりやすく解説

太平洋戦争とは

1941年12月8日~1945年8月15日」の間に、おもに「アメリカ・イギリス」と「日本」が戦った戦争のことです。

「第二次世界大戦」と呼ばれる世界戦争が、このとき行われていましたが、その一部が「太平洋戦争」なのです。

 

1941年12月8日」に、日本軍がハワイ・真珠湾を攻撃。のちにこの先制攻撃は「真珠湾攻撃」と呼ばれることになります。この「真珠湾攻撃」から、「太平洋戦争」は始まりました。

1942年6月5~7日」、「ミッドウェー海戦」で、日本がアメリカに大敗北。この敗北をきかっけにして、日本は一気にアメリカに負け始めるのです。

1945年8月6日」、『広島』に原子爆弾『リトルボーイ』が落とされ「10万人」以上が亡くなる。

1945年8月9日」、『長崎』に原子爆弾『ファットマン』が落とされ「7万人」以上が亡くなる。

1945年8月15日」に、当時の「昭和天皇」がアメリカなどの国に降伏すること決定。国民にラジオで降伏することを伝えたのでした。(玉音放送)

3年8ヶ月に及ぶ「太平洋戦争」は、こうして日本の敗北に終わったのです。


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「太平洋戦争」の参加国一覧

「太平洋戦争」に参加した国々を、一覧でご紹介します。

ただ、1つの国が2つに別れて、「日本」と「アメリカ」の陣営に分かれて戦ったこともあるため、少しややこしくなっています。

例えば「中華民国」は、「汪兆銘政権」が「日本側(枢軸国)」、「国民党政府」が「アメリカ側(連合国)」についているので、多少ややこしくなっていることをご理解くださいませ

太平洋戦争の参加国一覧

枢軸国(日本側)

  • 大日本帝国
  • タイ
  • 中華民国(汪兆銘政権)
  • インド(自由インド政府・仮)
  • フランス(ヴィシー政権・ナチスドイツと親しい政権)

 

連合国(アメリカ側)

  • アメリカ合衆国
  • イギリス
  • オーストラリア
  • ニュージーランド
  • オランダ
  • フィリピン
  • 中華民国(国民党)
  • 中華民国(国民党革命軍)
  • 中華民国(共産党)
  • ソビエト連邦
  • フランス臨時政府
  • ベトナム
  • メキシコ

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「第二次世界大戦」参加国一覧

ここでは「第二次世界大戦」の参加国一覧もご紹介いたします。

「太平洋戦争」は、「第二次世界大戦」の一部ですので、重複する部分もあります。

 

枢軸国(日本側)

  • 大日本帝国
  • ドイツ
  • イタリア
  • ルーマニア
  • ハンガリー
  • フィンランド
  • ブルガリア
  • タイ
  • ビルマ(後のミャンマー)

 

連合国(アメリカ側)

  • アメリカ合衆国
  • イギリス
  • オーストラリア
  • ニュージーランド
  • カナダ
  • 南アフリカ
  • 中華民国
  • フランス
  • ポーランド

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戦争が始まった原因は何?きっかけは「アメリカ大統領の罠」

「太平洋戦争」が始まった「きっかけ」は何だったのか?

ここでは「教科書に書かれている通説」と、「一部の学者さんたちが言っている『真実』」の2つを解説したいと思います。

教科書に書かれている説

「太平洋戦争」のきっかけは、「日本が中華民国を侵略したこと」と言われています。
当時、日本は「中華民国」と戦争をしていました。(支那事変
「アメリカ」や「イギリス」は、日本が「中華民国」を侵略していたことを、強く非難していました。
アメリカは、日本へ「石油」を大量に輸出していましたが、「中華民国」の侵略をやめさせるために、「石油」の輸出を停止してしまいます。
石油がなくては「車」や「戦車」「航空機」が動きません。つまりこのまま「石油」の輸出が停止したままだと、日本は「戦争」が続けられなくなってしまうのです。
そのため、日本はアメリカに対して「石油」の輸出を再開するように交渉しました。
しかし「アメリカ」とアメリカ大統領「フランクリン・ルーズベルト」は、日本への石油の輸出再開を許しません。
これに怒った日本は、アメリカの敵であった「ドイツ」や「イタリア」と「三国同盟」を結び、ハワイの「真珠湾」を突然攻撃。
真珠湾へ先制攻撃をした日本に激怒したアメリカは、日本の「10倍」以上の国力と軍事力を使って、日本へ反撃を開始します。
その結果、日本は惨敗。爆弾を雨のように落とされる「じゅうたん爆撃」をくらって、日本中が焼け野原となったのでした。
挙句の果てには「広島」「長崎」に「原子爆弾」を落とされて、数十万の国民が一瞬で死亡。
日本は「ポツダム宣言」という「無条件降伏」の要求を受け入れて、アメリカ・イギリスなどに降伏。
ここで「太平洋戦争」は終わったのです。

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真実

歴史の教科書などに掲載されている「太平洋戦争」については、上で解説いたしました。

これから先は、一部の学者たちが主張している「太平洋戦争の真実」を解説いたします。

真実とは、すなわち「太平洋戦争は、実はアメリカの罠だった」・・・というものです。

太平洋戦争のきっかけをつくった人物、それは当時のアメリカ大統領「フランクリン・ルーズベルト」です。

《フランクリン・ルーズベルト》
「引用元ウィキペディアより」

明治維新から約70年。日本は「台湾」「朝鮮半島」「満州(中国の東北部)」を併合して、強大になっていました。

「フランクリン・ルーズベルト」大統領は、日本がアジアで強大になることをおそれていました。もともと「差別主義者」であったルーズベルトは、「有色人種」であった日本人を嫌っていたのです。

「ルーズベルト」の一家は「奴隷売買」で巨万の富を得た一家です。

それに対して日本は、当時から「人種差別の撤廃」と「奴隷たちの解放」を主張していました。

そのためか、ルーズベルトは日本人を極端に嫌っていたのです。

日本が「中華民国」と戦争をしていたことは、はっきり言ってアメリカとは関係ありません。当然です。アメリカからすれば「日本と中華民国の戦争」は、世界の裏側で行われている事件なのですから、なんの関係もありません。にもかかわらずルーズベルトは「日本」を強烈に批判し、徹底的に「挑発」していました。

なぜルーズベルトは日本を批判し挑発していたのか?

理由は「日本を追いつめて、アメリカを攻撃させたかった」から。

これは、どういうことなのでしょうか?詳しく解説していきますね。


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ルーズベルト大統領は、大統領の選挙に立候補したとき、「アメリカは戦争をしません。みなさんの子供たちを戦争にはおくりません」と約束していました。

しかし当時の「ヨーロッパ」では、日本と同盟をむすんでいた「アドルフ・ヒトラー」のひきいる「ナチス・ドイツ」が、アメリカの友国「イギリス」を攻撃し圧倒。さらには大国「ソビエト連邦」まで攻撃して圧倒していました。

《アドルフ・ヒトラー》
「引用元ウィキペディアより」

その「ソビエト連邦」は、このとき極めて危険な状況におちいっていました。

「ドイツ」とその同盟国「日本」に、東西から挟み撃ちにされかねない状況。つまり、ソ連は滅亡寸前の状態だったのです。

もしも「ソビエト連邦」が滅びたら、ドイツは「イギリス」をかんたんに滅ぼしてしまい、アメリカは「ドイツ」と「日本」に挟み撃ちにされて、下手したら滅亡してしまいます。

そのためアメリカは、「ソ連やイギリス」が「ドイツや日本」に敗北する前に、戦争に参戦して「日本」や「ドイツ」を叩き潰したかった。

もしもアメリカが「戦争」に参加して、勝利すれば、日本やドイツのような強国からの圧力から逃れることができるからです。

しかし「戦争しません。みなさんの子供たちを戦争にはおくりません」と、国民と約束していた「ルーズベルト」大統領は、「日本」や「ドイツ」に先制攻撃が出来なかったのです。

そんなことをしたら正義感の強いアメリカ人を怒らせることになり、自分は「大統領」の座から引きずり降ろされるだろうから・・。

アメリカは「敵を挑発し、相手に攻撃させてから、反撃する」ことを得意としていました。

「卑怯な先制攻撃を行った相手を叩き潰しましょう」と言って、正義感の強いアメリカ人を戦争に引きずり込む・・。

21世紀に起こった「アフガニスタン戦争」や「イラク戦争」も、「9.11同時多発テロ」を利用してアメリカ国民の怒りに火をつけて戦争に引きずり込んでいます。特に「イラク戦争」は、「イラクが大量破壊兵器を持っている」という理由で始められましたが、そもそも「大量破壊兵器」などありませんでした。「9・11同時多発テロ」の恐怖をあおり、「大量破壊兵器」への恐怖とつなげて、アメリカ国民を戦争に誘導したというのが真相です。


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太平洋戦争のとき、アメリカ軍をひきいていた司令官「ダグラス・マッカーサー」は、こう言っています

「日本は石油も鉄もゴムも産出しない。そういう国にこれらの輸出を禁じたら、必ず戦争を起こす」

《ダグラス・マッカーサー》
「引用元ウィキペディアより」

その言葉通り、アメリカはあらゆる罠をはりめぐらせて、日本を追いつめたのでした。そうすることで、日本を「戦争するしかない」ところまで追いつめ、「戦争」へと引きずり込んだのです。

アメリカは日本へ「石油」や「鉄」の輸出を禁止するなど、徹底的に日本を挑発して苦しめます。最終的に「ハル・ノート」とよばれる「事実上の縁を切る手紙(最後通牒)」を送って、日本人の怒りに火をつけたのでした。

これに怒った日本は、連合艦隊司令長官「山本五十六」の発案により、アメリカのハワイ「真珠湾」に、攻撃を開始してしまうのです。

《山本五十六》
「引用元ウィキペディアより」

ちなみに当時、日本が「アメリカ」に対して、「石油」や「鉄」の輸出禁止をやめてくれるように説得していた行為は、「戦争を回避するための行為」として、かなり評価されていました。

「20世紀最高の戦略家」と呼ばれた「リデル・ハート」は、日本の粘り強い交渉を「忍耐強い」として、高く評価しています。(リデル・ハートは、広島・長崎へ落とした原爆について、アメリカを強く非難していた)

アメリカは真珠湾を、宣戦布告もせずに突然攻撃した日本を「卑怯である」としてつよく非難していました。

「先制攻撃」はそんなに怒られるほど、卑怯な行為だったのでしょうか?

当時の世界の常識として、「先制攻撃」はそれほどめずらしいことではありません。

日本から先制攻撃を受けたことがあるイギリスは、それほど日本を強く非難していません。なぜならそれが常識だったから。

しかし、「真珠湾」を先制攻撃されたアメリカと「ルーズベルト」大統領は、日本を強烈に批判。

「日本は卑怯だ」として、後世に残る名演説をアメリカ国民に向けて行ったのです。それに怒ったアメリカ国民は、「第二次世界大戦」への参戦を決めて、「日本」「ドイツ」と開戦。

日本の「真珠湾攻撃」で、4000人近い犠牲を出していた「アメリカ」の国民たちは、ルーズベルトが「戦争に参戦する」と表明しても、それを批判することはありませんでした。

「悪の日本を倒す」

その正義のために、アメリカ人は立ち上がったのです。それが「ルーズベルト」の罠だとも知らず・・・。

日本は、「真珠湾攻撃」のあと快進撃をつづけたものの、「ミッドウェー海戦」でアメリカに惨敗し、そこから一気に敗北へと転落していきます。

実は、「ルーズベルト」は日本が真珠湾を攻撃しようとしていることを、「真珠湾攻撃」が行われる「1941年12月8日」の以前から、すでにわかっていました。

日本の「暗号通信」を盗み聞いて、その暗号解読に成功していたのです。

しかしルーズベルト大統領は、そのことを「ハワイ真珠湾」のアメリカ軍に知らせませんでした。そこには「4000人」のアメリカ軍がいたにもかかわらず。

なぜか?

「日本軍の餌食(えじき)にするため」です。彼らが無残に日本軍の餌食となれば、アメリカ人の怒りに火をつけることができ、「第二次世界大戦」へ堂々と参戦できます。

ルーズベルト大統領の策略は見事に成功。

日本は真珠湾を攻撃し、アメリカ国民の怒りに火をつける事となりました。それが自分たちの大統領が仕掛けた罠であるとも知らず。


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もしも「ルーズベルト」が日本を挑発などせずにいたら、広島や長崎の原爆で数十万の人間がなくなることはありませんでした。

それどころか、太平洋戦争で亡くなった「300万」の日本人は、死なずにすんだはずなのです。太平洋戦争でアメリカ人が亡くなることも「真珠湾攻撃」でアメリカ兵が亡くなることもなかったはずです。

これが『真珠湾攻撃陰謀説』です・・・。

アメリカ軍のトップである「マッカーサー司令官」や、フランクリン・ルーズベルトの前の大統領「フーバー大統領」は、この「真珠湾攻撃陰謀説」を真実であるとして、「ルーズベルト大統領」を強く非難しています。

ちなみに、「原爆」を落としたことについて、アメリカは

「これ以上戦争の犠牲を増やさないためにも、原爆を落として日本の降伏をうながしたことは正しい判断だった。

原爆がなかったら、更に多くの人が死んでいただろう」

と言って、その正当性を主張していますが、これは真っ赤な嘘です。

日本は「天皇や皇室には手を出さない。処罰したり裁判にかけたりしない」と約束してくれれば、あとは無条件で降伏すると、すでにアメリカへ伝えていました。

アメリカはそれを知って「このままでは戦争が終わってしまう」ことを悟り、その前に原爆を落として、その威力を確認しようとしたのです。

国会議員の『青山繁晴』さんが言っていました。

「戦争を終わらせるために原爆を落とした」のではなく「戦争が終わってしまうから、その前に原爆を落とした」のです。

と・・・。


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日本からすれば、「真珠湾攻撃」さえしなかったら、アメリカと戦争をする必要はありませんでした。

それにもかかわらず、日本は真珠湾を攻撃してしまった・・・。

ルーズベルト大統領が「戦争はしません」と約束して大統領に当選したことを、当時の日本政府が知らないはずはないのに。

当時の日本軍は残念ながら、それだけ「おろか」だったということです。

もっとも、このときの日本は「ソビエト連邦」のトップ「スターリン」や「コミンテルン(国際共産主義運動)」による「スパイ工作」で、めちゃくちゃになっていたともいわれています。

そのため、日本はそもそも「スパイ」の罠にハマってしまっていた可能性もありますけど・・・。もちろんそんなことは、なんの言い訳になどなりませんが・・。

 

ちなみに、アメリカは戦争に勝利したものの、それに見合うような利益を得たわけではありません。

「太平洋戦争」

アメリカは勝利したものの、何か目立って得したわけではないのです。

アメリカは、日本とドイツという驚異を取り除いた・・・という戦果を得たわけですが、そんなものは莫大な国力を消費する「戦争」で得る必要はありません。

それは「外交努力」で得られるはずのものです・・。

つまり、アメリカにとっても「太平洋戦争」は「無駄」だった可能性があります

この戦争でもっとも得をしたのは「スターリン」が率いる「ソビエト連邦」。

「ソビエト連邦」を挟む位置にある、西の「ドイツ」と、東の「日本」という、二大国を「アメリカ」「イギリス」の力を借りて叩き潰せたのですから。

日本を「太平洋戦争」へと追い込んだ、アメリカの最後通牒「ハルノート」・・・。このハルノートを作った人物は、実は「ソビエト連邦」のスパイだった・・・という話は、今では有名な話・・・。

日本とアメリカに「スパイ」を送り込んでいた「ソビエト連邦」・・・。

軍事大国だと思われている「ソビエト連邦(ロシア)」ですが、実は伝統的な「外交大国」なのです。外交を支えているのは「スパイ」つまりソ連は「スパイ」の扱いなどお手の物ということ。

日露戦争のとき、勝利した日本は天才外交官「小村寿太郎」を、ロシアとの講和会議に送り込みます。しかし、天才「小村寿太郎」ですらも、「外交大国・ロシア」から「賠償金」を取ることは出来ませんでした。

ロシアを外交で手玉に取った人物といえば、「鉄血宰相」と呼ばれたドイツの天才宰相「オットー・フォン・ビスマルク」ただ一人。

太平洋戦争

何よりも利益を得たのは、「ソビエト連邦」だったのです。

そんな「ソ連」も、「第二次世界大戦」が集結した46年後の「1991年12月25日」に崩壊。

こんなことでは、ますます「あの戦争はなんだったのか?」と考えさせられてしまいます。


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「大東亜戦争」から「太平洋戦争」へ名前が変わった理由

「太平洋戦争」における、もともと日本の目的は「侵略」ではなく「大東亜共栄圏(だいとうあきょうえいけん)」と呼ばれる「アジアのヨーロッパからの独立」でした。

「大東亜」の「東亜」とは、「東アジア」や「東南アジア」のこと。

「東アジア」とは、「日本」「チャイナ」「モンゴル」「台湾」「朝鮮半島」のことです。

「東南アジア」とは、「マレーシア」「フィリピン」「ミャンマー」「インドネシア」「ベトナム」「タイ」など。

当時、アジア全域ではその大半が「アメリカ」「フランス」「イギリス」などの列強諸国に「植民地」として支配されていました。

「日本をリーダーとして、アジアをヨーロッパやアメリカから独立させる」ことを理想とした「大東亜共栄圏」という考えを打ち出して、東南アジア「インドシナ」「インドネシア」「ベトナム」「タイ」などを植民地としていた西欧列強と戦争をしたのです。

「大東亜共栄圏」

ヨーロッパからの独立が戦いの目的であると、日本は主張していたわけです。

実際、日本がヨーロッパ諸国と戦争したことがきっかけで、植民地から開放された国々は、アジアにたくさんあります。

「インド」「マレーシア」「ビルマ(ミャンマー)」などなど。

しかし「大東亜」という言葉が広まることは、アメリカにとって「都合(つごう)が悪かった」のです。

なぜかというと、「大東亜」という言葉が広まってしまうと、日本は「アジアの人々を助けよう」という目的で戦争をしていた、というイメージが広まることになります。

そうなると、あの戦争が「日本を正義とする戦い」になってしまい、「アメリカが悪者になってしまう」・・・。

「アジアの各地を侵略した悪者『日本』を、正義のアメリカがこらしめた」

そういうイメージを世界にアピールしたかった「マッカーサー」たち「アメリカ」は「日本はとんでもなく悪いことをしたのだ」と、子どもたちに教え込むために「大東亜」という言葉を封印させ「太平洋戦争」と呼ばせようとしたのでした。

「大東亜戦争」と呼ぶことを、日本を占領していた「GHQ」は正式に禁止しています。

そのため、現在の日本の教科書では、「真珠湾攻撃」から始まった戦争を「太平洋戦争」と記しているのです。


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「大東亜戦争は、ヨーロッパの植民地となっていたアジアを開放するための戦争だった」

アジア諸国の人々の言葉が、それを証明しています。

以下にその一部をご紹介いたします。これらはあくまでも、「ごく一部」です。

彼ら偉人たちのお言葉は、現在の日本人に勇気を与えてくれるものです。

インド初代首相「ネール」

「彼ら(日本人)は謝罪を必要とすることなど我々にはしていない。

それゆえ、インドはサンフランシスコ講和会議に参加しないし、講和条約にも調印しない」

インドのパル判事(極東軍事裁判の判事であり、日本の戦犯全員の無罪を主張した)

「ヨーロッパ・アメリカは日本が侵略戦争を行ったと歴史に残すことで、自分たちのアジア侵略が正当なものだったと誇示することが目的だったのだ。
日本の子弟たちがゆがめられた罪悪感をもって卑屈に流れていくのを平然と見過ごしてはならない。間違った彼らの宣伝を払拭すべきなのだ」

ビルマ(ミャンマー)初代首相「バ・モウ」

「私達を白人の支配から救出してくれたのは日本だ。私達は大戦の終わりには日本を見捨てたが、その恩を忘れてはいけない。

ビルマの真の独立記念日は

1948年1月4日(ビルマ連邦成立の日)ではなく、

1943年8月3日(日本軍によるビルマ独立宣言日)だ。

日本ほどアジアに貢献した国はない。

日本ほど誤解されている国もない」

マレーシア首相「マハティール」

「日本の戦争責任を問うならば、それ以前に非人道的な支配と収奪を続けた欧米宗主国の責任はどうなるというのだ。

日本が来てくれたことで、植民地支配から開放され近代化がもたらされたのだ」

台湾の実業家「許文龍」

「私はかつて、日本人だった。そのことを誇りに思っている。

それとは逆に、今の日本人の皆さんは、自分が日本人であることを誇りに思っていないようですね。

どうか、皆さん過去を正して正当なる評価と自信を取り戻してください」


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「太平洋戦争」の敗因は何だったのか?

日本が敗北した理由、敗因はなんだったのか?

敗因は、いくつもありますが

「日本がアメリカの10分の1以下のチカラしかなかった」

「自分より強い相手に勝つための、正しい判断が全然できなかった」

ことなどがあげられるでしょう。

日本はルーズベルト大統領の罠にハマり「真珠湾攻撃」などしなければ、アメリカと戦争せずに済みました。

それよりも、西のヨーロッパで「ドイツ」と必死に戦っている「スターリン」がひきいた「ソビエト連邦(今のロシア)」を東から攻撃すれば、「ソビエト連邦」を簡単に倒せたはず。

ソビエト連邦を倒せば、ドイツはイギリスに圧勝できたはず。ドイツ軍はイギリスを何度も空爆していたのですから。

そうなれば、日本とドイツで、アメリカをはさみうちに出来たはずです。実は・・・やり方さえ間違えなければ、アメリカを倒すのは、それほど難しくなかったはずなのです。

日本は、「ソビエト連邦」を攻撃すべきだったのに、なぜか「真珠湾」を攻撃してしまった・・。

「アメリカが参戦してきたら、日本は負ける・・・。その前にアメリカの基地である真珠湾を叩きつぶしておこう」

それが「真珠湾攻撃」の理由らしいのですが、「ルーズベルト」が「戦争はしません。みなさんの子供たちを戦争におくることはしません」とアメリカ国民へおおやけに約束しているのですから、放っておけばよかったです・・・。

「間違った選択をあちこちでしてしまったこと」

「真珠湾を攻撃して、アメリカの罠にひっかかったこと」

敗因はいくつもありますが、「ルーズベルト大統領の罠にハマってしまったこと」が、最大の敗因だと思います。

やはり「ソ連」や「コミンテルン」のスパイ工作により、日本軍は「真珠湾」へと誘導されてしまったのかもしれません。


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戦死者および総死者の数は?300万人以上が亡くなった!

「大東亜戦争(太平洋戦争)」で、一体何人の人が戦死したのでしょうか?

日本軍の兵士たちは

「2,121,955」

が亡くなっています。

実に200万人おの兵士たちが、あの対戦で亡くなっているのです。

民間人では「50~100万人」の方が亡くなっておられますので、合計で「約300万人」の命が失われたことになります。

対してアメリカ人は、太平洋で約「15万人」が亡くなっています。

「第二次世界大戦」すべての戦いで、アメリカ兵は約「40万人」の方々がお亡くなりになっているのです。

「第二次世界大戦」では、「6000~8500万人」の方々が亡くなられたと言われています。

その「世界大戦」の一部であった「大東亜戦争」で、数百万人の方々が命を落とされたのです。

これらの悲劇を繰り返してはいけないと、この数字を見るだけでも、考えさせられます。


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「太平洋戦争」の簡単年表

1941年12月8日、『真珠湾攻撃』。日本が「アメリカ・イギリス」へ宣戦布告。「太平洋戦争」開戦

1941年12月10日 、『マレー沖海戦』。日本軍がイギリスの戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と「レバルス」を撃沈。
イギリスの「チャーチル」首相は、伝統ある戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」が沈んだことを聞いて

「イギリス海軍始まって以来、もっとも悲しむべき事件がおこった」

と言って涙した。

1942年2月15日、シンガポールに駐屯していた「イギリス」「オーストラリア」の軍が、激戦の末に日本軍に降伏

1942年3月13日、アメリカ軍フィリピン司令官『マッカーサー』が、日本軍の猛攻により、フィリピンから逃亡

1942年6月5~7日、『ミッドウェー海戦』、日本軍がアメリカ軍に敗北。日本の空母『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』が失われる。この戦いから形勢は逆転し、日本軍は負けつづけることとなる。

1942年7月、日本軍がフィリピン全土を占領。

1942年9月9日、日本の潜水艦「伊25潜」から発進した『艦載機』が、アメリカ・オレゴン州を空襲。

1943年2月1~7日、日本軍が「ガダルカナル島」から撤退。

1943年4月18日、連合艦隊司令長官「山本五十六」が乗っていた飛行機が、ブーゲンビル島の上空で撃墜され、戦死。

1943年10月、日本軍がフィリピンの独立を許可する

1943年11月22~26日、エジプト・カイロで、「英米中」首脳会談(カイロ会談)

1943年11月28日~12月1日、イラン・テヘランで「英米ソ」首脳会談(テヘラン会談)。

1943年12月5日、「マーシャル諸島沖航空戦」

1944年3月8日、日本軍が「インパール作戦」開始。この「インパール作戦」に参加した日本兵は、ほとんどが亡くなったため、後世に「史上最悪の作戦」と呼ばれることとなる

1944年3月31日、「山本五十六」の後任者である「古賀峯一」連合艦隊司令長官が、搭乗機の墜落で殉死(海軍乙事件)

1944年6月15日、アメリカ軍が、サイパン上陸(サイパンの戦い)

1944年6月16日、アメリカ軍が、中国大陸から「北九州」へ、はじめての空襲をおこなう。

1944年6月19日、「マリアナ沖海戦」、この戦いで日本軍は「航空戦力」と空母「大鳳」「翔鶴」を失い、制空権を奪われることとなる。

1944年7月4日、「インパール作戦」中止。

1944年7月18日、「東条英機」内閣が総辞職。

1944年8月2日、「テニアンの戦い」で日本軍玉砕。

1944年8月11日、「グアムの戦い」で日本軍玉砕。

1944年10月10日、アメリカ軍が「沖縄・台湾」を空襲

1944年10月23日、「レイテ沖海戦」。 この戦いで日本の空母『瑞鶴』『瑞鳳』『千歳』『千代田』が沈没。

1945年2月、クリミア半島の都市「ヤルタ」で「英米ソ」首脳会談(ヤルタ会談)。

1945年3月、イランとトルコが日本へ宣戦布告。親日国「トルコ」では、市民が日本への宣戦布告に反対してデモ。

1945年3月3日、アメリカ軍が「マニラ」を占領。

1945年3月10日、『東京大空襲』

1945年3月12日、『名古屋大空襲』

1945年3月14日、『大阪大空襲』

1945年3月16日、『神戸空襲』

1945年3月25日、『名古屋大空襲』

1945年4月1日~6月23日、『沖縄戦』


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1945年4月5日、「ソビエト連邦」が、日本に対して「1946年」で「期限切れ」となる「日ソ中立条約」を延長しないと通達。「小磯国昭」内閣が総辞職。

1945年4月12日、アメリカ大統領の「ルーズベルト」大統領が死去、副大統領「ハリー・S・トルーマン」が「大統領」に就任。

1945年4月30日、ドイツ総統「アドルフ・ヒトラー」が自殺。

1945年5月2日、ドイツ・ベルリン陥落。

1945年5月7日、ドイツの「カール・デーニッツ」大統領が、「無条件降伏」。これにて「ナチス・ドイツ」が滅亡。

1945年8月6日、アメリカ軍が「広島」に「原子爆弾」を落とし、10万人以上の民間人が亡くなる。

1945年8月8日、ソビエト連邦が「日ソ中立条約」を一方的に破棄。ソビエト連邦が日本に対して「宣戦布告」。満州と朝鮮半島に侵攻。(ソ連対日参戦)

1945年8月9日、アメリカ軍が『長崎』へ「原子爆弾・ファットマン」を落とし、約7万人の民間人が亡くなる。御前会議でポツダム宣言(無条件降伏)の受諾を決定。
*
1945年8月15日、昭和天皇が、全日本国民に対して「玉音放送」(終戦の詔)をおこなわれ、戦争が終わる。「鈴木貫太郎」内閣が総辞職。

1945年8月15日、日本軍が「無条件降伏」。

1945年8月30日、連合軍最高司令官「ダグラス・マッカーサー」が厚木飛行場に到着。

1945年9月2日、降伏文書に調印し、「太平洋戦争」終結。


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『太平洋戦争』について「ひとこと」言いたい!

「日本は悪いことをした」

「日本は謝れ」

これは、最近、日本のお隣の地域が、しきりに日本に対して騒いでいる言葉です。

果たして日本は、それほどまでに悪いことをしたのでしょうか?我々の先祖は、そんなにも「悪人」だったのでしょうか?

筆者は、そんなことはなかったと思います。

我々の祖先は、そんなにも残酷な人間ではなかったと想うのです。

戦時下の「台湾」で生まれ、のちに日本へ帰化してくれた「金美齢」さんがおっしゃっておられました。

「私は日本統治下の台湾で生まれ、日本兵にはとてもお世話になった。

私は何度も、日本軍のトラックにのせてもらい、移動したものだ。

日本兵は、とても優しかった」

昔の日本兵は、誰よりも優しく、幼い「金美齢」さんを守ってくれる存在だったのです。


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少し話がそれますが、「日本人は、古来から弱い者・敗北したもの」に優しかったということをご存知でしょうか?

日本の歴史には、志半ばで亡くなった者たちが数多くいます。

源義経」や「真田幸村」。

彼らは、「源頼朝」や「徳川家康」などの強大な敵に立ち向かい、敗北し滅びました。

そんな「義経」や「幸村」を、日本人は愛し、憐れみを抱いたのでしょう。現在でも日本の各地に「義経伝説」や「幸村伝説」などの「生存説」が残っています。

「義経」や「幸村」、挙句の果てには「織田信長」を討ち果たした「明智光秀」までも、「生存説」や「名君であったという説」が存在しています。

日本人は、「弱い者」「敗北した者」に対して、とても優しく、憐れみをもって接する民族であると考えられます。

そのため「義経」「光秀」「幸村」のような人々が、「実は生きていた。そして幸せになった」というストーリーを生みだして、その悲しみを慰めていたと考えられます。

敗北者を慰める風習からしても、日本人の優しさが感じられます。

そんな日本人が、あの戦争に限って、残虐非道なことを各地でおこなったのでしょうか?

筆者には、どうしても納得が出来ないのです。

もしも日本人が、「悪逆非道な罪を犯した」というのなら、その末裔である日本人は、それを教訓として、同じ「あやまち」を繰り返してはいけないと思います。

ときには「謝罪」や「償い」も必要でしょう。

しかし、それが「真実」でないのなら、話はまったく別です。

「真実」でないのなら、「謝罪」も「償い」も、すべきではないのです。

罪に見合う罰や償いは必要です。しかし、罪に見合わない、行き過ぎた償いや謝罪は、さらなる悲劇を招くものです。

「レ・ミゼラブル」という映画(小説)をご存知でしょうか?

この作品の主人公「ジャン・ヴァルジャン」は、「ひとかけらのパン」を盗んだことで、なんと「19年」も投獄されたのです。

このように、「罪に見合わない罰」は、途方も無い悲劇を招いてしまうものなのです。

「罪に見合わない罰が、悲劇を招く」

これは現在の日本と「あの隣国」との関係性を見れば、もはや明らかでしょう。

やってもいないことで下手に謝罪しては、偉大なる「先祖」たちの名誉を傷つけることになります。


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筆者が好きな漫画に「ジパング」という漫画があります。

現代の自衛隊が、「ミッドウェー海戦」直後の「1942年」にタイムスリップするというお話です。

その中で、旧日本軍の兵士が、未来から来た自衛官に、一つの質問をするのです。

「一つだけ教えてほしいことがある。

あんたらの時代で、日本は平和なのか?」

それに対して自衛官はこう応えます。

「もちろんだ。

あなた達のおかげで、未来の日本は世界でもっとも豊かで、平和な国になっている」

この漫画が描くように、あの戦争で戦った軍人さんたちは間違いなく、「未来の日本が豊かで平和になること」を願い、戦ってくれたことでしょう。

そんな方々が、「お隣の半島地域の人たち」が言うような悪事を働いたとは、筆者にはどうしても思えないのです。

戦後70年、「平成」という時代が終わり、「令和」という時代が始まった今、日本人は誇りを取り戻すためにも、『歴史の真実』を自らの手で掘り下げ、学び、直視するべき時なのではないでしょうか。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

  1. 「太平洋戦争」とは、「1941年12月8日~1945年8月15日」に「日本」と「アメリカ」の間で起こった戦争。
  2. あの戦争は、アメリカ大統領「フランクリン・ルーズベルト」の罠によって始まった。
  3. 「太平洋戦争」は、もともと「大東亜戦争」と呼ばれていたが、日本を悪者にするため、アメリカが「大東亜戦争」と呼ぶことを禁じた
  4. 日本の敗因は、「国力10倍のアメリカに、無茶な戦争を仕掛けた」こと

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました

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コメント

    • 震電
    • 2019年 9月 10日

    こんばんわ。

    NHK大河ドラマ「いだてん」
    でそろそろ第二次世界大戦なんだなあと
    ふと感じつつ

    41歳のおっさんが恥ずかしながら
    そもそも、第二次世界大戦の原因って何?

    と疑問を感じ。

    こちらにお邪魔させていただきました。

    大変わかりやすく納得させていただきました。

    有難うございました。
    娘が大きくなった時、興味を持った時にでも
    話してみようかと思います。

      • rekishiru
      • 2019年 9月 13日

      この度は、当サイトをご利用いただき、誠にありがとうございました。
      また、コメントまでいただき、心より御礼申し上げます。
      おっしゃるとおり、「いだてん」ではまもなく「戦争」が始まってしまいます。
      その戦争の真実を、私などは「日本が絶対的な悪」として教えられえ、信じ続けてきました。

      お嬢様が大きくなられたら、お話をなされるとのこと。
      そのお言葉をいただけただけでも、この記事を作成した大いなる甲斐があったというものです。
      本当にありがとうございます。

      この度は貴重なお言葉をいただき、ありがとうございました。
      またぜひ、当サイトをお役立てくださいませ。
      失礼いたしました。
      お返事が遅くなりまして、申し訳ありませんでした。

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