『文明開化』の意味と、いつから始まったかを世界一わかりやすく解説

明治を学ぶ際、教科書によく登場する言葉『文明開化』。その意味をご存知でしょうか?

「文明開化」とは「西洋の文化が日本に入り込み、その影響で、日本が一気に西洋化した現象」のことを言います。

この記事では、文明開化の意味や、それがいつ起こったのかなどを、わかりやすく詳しく解説いたします。


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この記事を短く言うと

    1. 「文明開化」とは、明治日本に西洋文明が導入されたことで、一気に日本が変化したこと
    2. 文明開化は、明治8年(1875年)に福沢諭吉がつかった言葉なので、この頃が、文明開化の時期なのだろう
    3. 「ちょんまげ頭を叩いてみれば因循姑息(いんじゅんこそく)の音がする。
      そうはつ頭をたたいてみれば王政復古の音がする。
      ざんぎり頭をたたいてみれば文明開化の音がする。」

文明開化の意味を、わかりやすく解説

「文明開化」とは、明治期の日本に西洋の文明が入り、制度や習慣などが著しく変化した現象のことをいいます。

当時の政府は、富国強兵や機械制工業・鉄道網整備・資本主義育成による国家の近代化を推進する政策行いました。

その中で、西洋先進諸国の制度・文物・産業・技術を積極的に取り入れていきました。

国民の中には、既存の日本文化を否定し、「西洋のものなら何でもよい」という考えも浸透していたようです。


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文明開化はいつから始まったの?

近代史の授業でもお馴染みの「文明開化」という言葉は、福澤諭吉が明治8年(1875年)に記した『文明論之概略(ぶんめいろんのがいりゃく)』の中で使用したのが最初になります。

この時期には、単なる西洋文化の模倣から、それらを手本としつつ、既存文化との融合を図ったもの、既存文化を西洋風にアレンジしたものなど、様々な文化が国民に受け入れられました。

また、福沢自身も西洋文化の影響を受けたようで、刀を質屋に預けて、その金で牛鍋を食すというシーンが、小学生向けの漫画に載っていたのを見たことがあります。


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「散切り頭を叩いてみると・・・」実は前文があった!

「散切(ざんぎり)頭を叩いてみると・・・」のフレーズは大変有名ですが、実はこの前にも文章があるのをご存知でしょうか?

明治4年(1871年)に施行された、散髪脱刀令(さんぱつだっとうれい)付随して出された文章で、全文は以下の通りになります。

「半髪(ちょんまげ)頭を叩いてみれば因循姑息(いんじゅんこそく)の音がする。

総髪(そうはつ)頭をたたいてみれば王政復古の音がする。

散切り頭をたたいてみれば文明開化の音がする。」

この文は

「半髪頭の人は、古い習慣に頼って、変化をしておらず、総髪頭は半髪頭にくらべるとマシだが、王政復古の頃で止まってしまっている。

それに対し、散切り頭こそ文明開化の波に乗り、時代の最先端を行っている。」

といった意味合いになります。

政府役人など海外への渡航歴のある人々は、西洋人が日本人の半髪頭を見て、ばかにするのを聞いて、これを恥だと思ったそうです。

そのため、既存の文化は悪しきものだというイメージを国民に植え付けようとしました。


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この文書の表す風潮に、私は批判的な意見を述べたいと思うのですが、その材料として、佐々大河氏の『ふしぎの国のバード』という作品を紹介します。

イザベラ・バードという旅行家が明治期の日本を旅した様子を描いたものですが、以下のようなエピソードがありました。

「散髪脱刀令」が公布されたにも関わらず、半髪を切らない男性に対し、警官が無理やり髪を切ろうとしていました。

法律がある以上警官の行為は正しいのですが、日本人の伝統である半髪を切るのは許さないといった内容でバードが警官と揉めたのです。

彼女の行為が褒められるかどうかは別として、当時の西洋人は皆、日本人を蔑む風潮がある中で、非常に稀有ではありますが、日本の既存の文化を賛称する人物がいたことも事実です。

現在の豊かな社会の日本に住む私だから言えるのかもしれませんが、頭ごなしに日本文化を否定するのではなく、伝統を大事にしないと「もったいなかった」のではないかと感じます。


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『文明開化』について、レビュー(評論)!

中東・サウジアラビアなどの人々は、よく頭から布と輪っかをすっぽりとかぶり、真っ白な民族衣装を身に着けていますよね。

あれは彼らの正装で「カンドーラ」と呼ばれるものなのだとか。彼らは「スーツ」も見事に着こなすのですが、外国の要人らをむかえる際には、この「カンドーラ」を着て、よく迎えています。

つまり、「カンドーラ」はスーツにも負けない、彼ら独自の伝統的な正装というわけです。

幕末の日本において、正装と言えば、「遠山の金さん」らがお裁きの時に着ている「裃(かみしも)」でした。

しかし今の日本で、「裃」を着て外国人と対談している日本人は皆無です。

それだけ、日本の文化が廃れてしまったということでしょう。

「文明開化」の時に失われた伝統は、他にもたくさんあるのかもしれません。

伝統とは、長い時間をかけて形作られるもの。そこには計り知れない価値があるはずです。

近年の日本においても、守り続けられてきた伝統を、今の価値観で押しつぶそうとする動きがたびたび見受けられます。

例えば「女性宮家」や「女系天皇」・・・。

これまで日本は「2670年」以上の長きにわたり「男系天皇」と「男性を当主とする宮家」の伝統を守り続けてきました。

もしも「女性宮家」を常設し、万が一「女系天皇」が誕生してしまったら、これまで「2670年」もの途方もない時間を守り続けてきた伝統が、失われます。

天皇が「女系天皇」になるということは、日本の文化や伝統を根底から支えていた「天皇」と「日本」という存在の価値が、「2670年」の重みとともに失われることを意味します。

数えきれない時を超えて続いたもの・・・それを軽はずみに変えては、後で後悔しても遅いのです。

長く守られた伝統は、それが悪習でない限りは、今後も守り続けていくべきものなのではないでしょうか。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

  1. 文明開化とは、明治時代の日本に西洋の文明が入り、制度や習慣が大きく変化した現象のことを指す。
  2. 「文明開化」という言葉は、福澤諭吉が明治8年に著書の中で使用したのが始まりである。
  3. 「散切頭を叩いてみると・・・」の全文は
    「半髪頭を叩いてみれば因循姑息の音がする。
    総髪頭をたたいてみれば王政復古の音がする。
    散切り頭をたたいてみれば文明開化の音がする。」
    以上となります。

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