rekishiru– Author –
-
戦国時代【日本】1467~1590年
桔梗紋は使ってはいけない家紋なの?家紋の意味と明智光秀との関係を解説
桔梗紋を使ってはいけないという噂があるようですが、これは少し誤解があります。 ただ、織田信長の子孫が、桔梗紋の使用をしていないだけのことです。 明智光秀の家紋・桔梗紋の意味と読み方を解説いたします。 本能寺で織田信長を討ち果たし、わずか11... -
『あ』行
今川氏真の子孫の現在!末裔には悪役や名君さらに宇宙工学の博士もいた
名門・今川家の道楽息子・今川氏真。 氏真は、桶狭間の戦いで織田信長に討ち取られた今川義元の嫡男です。 妻・早川殿。 令和の現代でも、今川氏真の子孫が大活躍しています! 名将・武田信玄や北条氏康と渡り合った名将・今川義元の息子の最期は、穏やか... -
徳川家康
徳川家康の短気だった?性格エピソードをわかりやすく簡単に解説
鳴かぬなら・鳴くまで待とう・ホトトギス 忍耐強く、いつまでも待ち続けるのが得意だったという徳川家康 実はとてつもなく短気で怒りっぽい人だった! 歴史専門サイト「レキシル」にようこそ。 どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。 この記事を短く言う... -
幕末【日本】1853~1868年
徳川家定の死因とは?うつけのふりをしてた説や暗殺説と篤姫との夫婦仲を解説
13代将軍・徳川家定の死因について、わかりやすく解説いたします。 また、本当に「うつけ」だったのか?顔に「あざ」はあったのかも調査しました! 一説によると「家定は『うつけ』のふりをしていただけ」とか・・・。 そして、妻「篤姫」と仲が良い夫婦... -
幕末【日本】1853~1868年
井伊直弼の子孫を家系図付きでご紹介!末裔は彦根市長で現在は公務員
幕末、徳川幕府の最高職【大老について、家系図で先祖と子孫を、わかりやすく解説いたします。 直弼の子孫は彦根市長を務め、さらにその孫婿は彦根市の公務員だったといいます 井伊直弼の先祖は、大河ドラマの主人公・井伊直虎と、徳川四天王の一人である... -
『さ』行
榊原康政の子孫は現在会社社長?徳川家を救った逸話と家紋の由来とは
徳川四天王の一人・榊原康政の子孫や、徳川家を救った逸話をご存知でしょうか? この記事ではそのほかにも、家紋・榊原源氏車の由来についても解説致します! 榊原康政は、関ヶ原の戦いで遅刻した徳川秀忠をかばい、家康を説得して内乱を防いだとされてい... -
『か』行
楠木正成の銅像はなぜ皇居にあるの?理由をわかりやすく簡単に解説
鎌倉時代末期の名将・楠木正成をご存知でしょうか? この記事では、楠木正成の銅像がなぜ皇居にあるのかを、わかりやすく解説いたします。 楠木正成の子孫の苗字は、かわらず楠木なのか? 家系図で子孫が今も続いているのかどうかを、確認してみましょう。... -
豊臣秀吉
豊臣秀吉の死因は天ぷら?死んだ理由や最期の様子を簡単に解説
豊臣秀吉の「死因」や「最後の様子」について、誰かに尋ねられても、ハッキリと答えられる方は、少ないかもしれません 実は筆者自身も、「豊臣秀吉」については知っていたものの、自分の手で調査してみるまで、「豊臣秀吉の死因・最後」については... -
幕末【日本】1853~1868年
薩摩藩士の掛け声「チェスト」の意味とは!なぜ英語が喋れるのか?
薩摩藩士がよく口にしている【チェスト】という言葉。 昔から薩摩人は英語が話せたのか?と思ってしまいますよね。 実はこれ、掛け声がなまってチェストになった、など起源は諸説あるのです。 この記事ではチェストについて調査し、わかりやすく解説いたし... -
2023年【どうする家康】
本多忠勝の子孫は現在も続いてる?家系図を現代まで紐解いてみた
徳川家康。 その子孫は、今も続いているのか? 本多忠勝の家系図を紐解いてみました。 本多忠勝の末裔・本多隆将さんは、他の四天王の末裔と交流していました。 この記事では、本多忠勝について、詳しく解説いたします。 歴史専門サイト「レキシル」へよう...