【嘉納治五郎の名言全集】柔道の父が残した言葉と教えの意味がスゴイ

「柔道の父」と呼ばれた「嘉納治五郎」さんの「名言」と「教え」を、一覧で解説いたします。

オリンピック競技である「柔道」の創始者であり、偉大な教育者でもあった「嘉納治五郎」先生。

「人に勝つより自分に勝ちなさい」

その教えは、現代の日本においても使えるものばかり。


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この記事を短く言うと

  1. 「人に勝つより自分に勝て」「自分の欲望に勝つのは、相手に勝つより難しい。嘉納治五郎先生の名言は、「世のため人のため」を意識したものが多い
  2. 嘉納治五郎先生は、柔道を創始しただけではなく、教育者として、「後進育成」「スポーツ振興」など、数々の功績を残した。実は1940年「東京オリンピック」招致にも成功していた
  3. 嘉納先生は、自らの教え子だった「金栗四三」を説得し、日本人として初めて「ストックホルムオリンピック」に参加させた

嘉納治五郎・名言集

嘉納治五郎

「柔道の父」「日本の体育の父」と呼ばれた格闘家にして偉大な教育者「嘉納治五郎」先生が残された名言を、一覧でご紹介させていただきます。

≪嘉納治五郎≫
「引用元ウィキペディアより」

・人に勝つより、自分に勝ちなさい。

相手に勝利するよりも、自分自身を律することを重視せよ。ということですね。自分自身をコントロールしなくては相手にも勝利できないことをよく知っている格闘家「嘉納治五郎」先生らしい言葉です。

 

自分の心に生じる欲望に打ち勝つのは、敵に勝つよりむずかしい

「自分に勝ちなさい」という言葉を補う名言ですね。相手に勝つよりも、自分の「勝ちたい」などの欲望に勝利するほうが難しい、という意味でしょう。


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精力善用(せいりょくぜんよう)自他共栄(じたきょうえい)

何をするにしても、自らの心身を最大に活用して、社会に対してよいことをする。

常に相手に対して敬意を払い、感謝の心を忘れずにいることで、自他ともに降伏に満ちた社会をつくろう。

 

・何事も、初めからうまく行くことは、少ないものだ。

ストックホルムオリンピックで失神してしまい、失意の「金栗四三」に対し、嘉納治五郎は励ましの言葉をかけたのだとか。はじめからうまくいかないが、諦めてはいけないということを言いたいのでしょう。

 

・人生には何よりも「なに、くそ」という精神が必要だ

諦めてはいけない・・・諦めない精神を励ますためにも、「悔しさ」を最大限に使うことが必要だ・・・という意味でしょう。


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人生はいろいろな難関に出くわす。難関が次から次へとやってくるから面白いのだ。恐れをなしちゃいけない。

次々と襲いかかる難関に、自らすすんで当たってきた「嘉納治五郎」先生らしい言葉です。嘉納先生がオリンピック初出場という難題に、進んで当たらなかったら、金栗四三や、それに続く日本陸上界の偉人たちは、誰一人誕生しなかったでしょう。

 

時間を最も有効に利用した者に、最も立派な仕事ができる。

よく、時間がない、時間が足りないと、できないことを時間のせいにする人がいる。
しかし、時間は泉水のように、いくらでも出てくるものだ

人生で数多くの偉業を成し遂げた嘉納先生。そんな先生が、特に重視したのが「時間」。

最近では、「子供には勉強方法を教えるよりも、時間の使い方を教えたほうが、成功確立が上がる」なんてことも言われているようです。

自らの人生を最大限に活かすことが大切ということでしょう。


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勝って、勝ちに傲(おご)ることなく、負けて、負けに屈することなく、安きにありて、油断することなく、危うきにありて、恐れることもなく、ただ、ただ、一筋の道を、踏んでゆけ

常に油断してはならない!という意味ですね。

似たような名言として、戦国時代の名将「武田信玄」も

「戦いで10割勝利してしまったら、次は必ず油断して負ける。戦いは5割の勝ちで上と成す」

と言っていました。

油断を戒める言葉ですね。

 

世を補益するのが、柔道修行究極の目的
柔道とは、心身の力を、最も有効に使用する道である。その修行は、攻撃防御の練習により、精神身体を鍛錬し、その道の真髄を、体得する事である。そして、是によって、己を完成し、世を補益するのが、柔道修行究極の目的である。

嘉納治五郎先生の遺訓です。嘉納先生にとっては「柔道」ですらも、世のため人のためだったのです。


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「柔よく剛を制す」には『続き』があった

「柔よく剛を制す」とは、嘉納治五郎さんの言葉というわけではなく、古代中国の兵法書「三略(さんりゃく)」に登場する言葉です。

「三略」とは、仙人「黄石公」または名軍師「太公望」が記したと言われている兵法書であり、そこには

「柔よく剛を制す」

の他にも

「剛よく柔を制す」

「弱よく強を制す」

という言葉が登場します。

「三略」では、「柔」「剛」「強」「弱」という4つの状態があるということが語られており、その4つ全てを身につけて、臨機応変に使い分けることで、どんな戦いにも対応できると教えられているのです。

「柔よく剛を制す」

技が力を制するのだ!という意味だけではなく、「柔・剛・強・弱」全てを臨機応変に身につけよ・・・という教えなわけです。

古代中国の「後漢」という国をつくった皇帝「劉秀」もまた、この「柔よく剛を制す」という言葉を口にしたことで有名です。

間違いなく嘉納先生は、「柔」だけの人ではありませんでした。素晴らしい功績を残せたのは、「柔・剛・強・弱」全てを身に着けていたからではないでしょうか。


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嘉納治五郎の功績

嘉納治五郎さんの功績を短く解説いたします

・講道館を設立し「柔道」を創始した

・東京高等師範学校(現在の筑波大学)で、25年もの間、校長として教育に力を注いだ

・スポーツ振興に力を尽くし、東洋初の「国際オリンピック委員」を務めた

・日本スポーツ協会を設立して、ストックホルムオリンピックに、日本を初めて参加させた

・1940年の東京オリンピック招致に成功している(後に戦争激化で、権利を返上)

嘉納治五郎先生・・・・・柔道を創始した「格闘家」としてだけではなく、むしろ教育者として、貢献なさっておられる方です。

更に長男「竹添履信」氏は、画家として活躍。芸術にもその影響力を発揮なさっておられたみたいですね。


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嘉納治五郎と、大河ドラマ「いだてん」のあらすじ

嘉納治五郎先生。

2019年放送の大河ドラマ「いだてん」で、俳優の「役所広司」さんが演じておられます。第一話では、「嘉納治五郎」さんがほとんど主人公と言って良いような活躍ぶりでした。

嘉納治五郎は、「いだてん」の主人公「金栗四三」が進学した「東京高等師範学校」の校長先生でした。

金栗は「徒歩部」に入部し、マラソンの腕を磨き続けます。

そんな金栗に対して、嘉納治五郎は懸命に練習の環境を整え、助力を惜しむことは全くありませんでした。

金栗はその期待に答え、ストックホルムオリンピックの予選会で、当時の世界記録を大幅に上回る記録でゴール。

当初はストックホルムオリンピックへの参加を辞退し続けた金栗でしたが、嘉納治五郎先生の説得で参加を決意。

しかし、金栗は途中で失神し、大会記録は「失踪」。

ストックホルムのホテルに戻った金栗に対し、嘉納は何も言わず。後に励ましの言葉をおくったと言われています。

その後も嘉納治五郎先生の「スポーツ振興」への情熱が止むことはなく、オリンピック委員として、1940年開催の「東京オリンピック」招致を成功させます。

1938年5月4日、エジプト・カイロで行われた「IOC総会」に出席した帰り、船の中で亡くなりました。享年77歳。

2日後、船は横浜に到着。棺にはオリンピック旗がかけられました。

墓所は、千葉県松戸市の「東京都立八柱霊園」。

嘉納先生が実現した「1940年の東京オリンピック」は、戦争激化で幻となり、「田畑政治(たばた まさじ)」らが招致に成功した24年後の「1964年・東京オリンピック」で、実際に開催されることとなるのです。


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『嘉納治五郎』について、レビュー(評論)!

「嘉納治五郎(かのう じごろう)」先生。

言わずとしれた「柔道」の創始者にして、東京高等師範学校(現在の筑波大学)」の校長を長く続けた、偉大な「教育者」でもありました。

2019年の大河ドラマ「いだてん」で、俳優の「役所広司」さんが「嘉納治五郎」さんを演じておられます。

日本最初のオリンピック選手「金栗四三」を育てたのもまた、嘉納治五郎先生でした。

実は金栗は、「ストックホルムオリンピック」への参加を嫌がっていました。それを説得して参加させたのが「嘉納治五郎」さんだったのです。嘉納治五郎さんは、こんな言葉で金栗を説得したと言われています。

「オリンピックに出るとなると、日本国民の期待を一身に背負うこととなる。

敗れたときには、辛い思いをするかもしれない。

おそらく君も、もしも敗けたら、と考えたのだろう。

その気持ち、私にはよくわかる。

捨て石となり、礎(いしずえ)を築くのは辛いことだ。でも誰かがその役を担わなければ、日本は永久に欧米諸国と肩を並べる事はできない。

金栗くん、日本のために『黎明の鐘(れいめいのかね)』となってくれ」

黎明の鐘とは、夜明けを伝える鐘のこと。または「新しい出来事の始まりを示す」意味として使われる言葉です。

この言葉に背中を押され、金栗は日本人として初めて「ストックホルムオリンピック」に参加したのです。

 


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金栗は、「灼熱地獄」と言ってもよいほどの最悪なコンディションの中で、「ストックホルムオリンピック・マラソン」に参加し、途中で失神。

 

京都帝大の田島教授が、金栗を大声で叱責したのに対し、嘉納先生は何も言いませんでした。その後、はげましの言葉をかけたともいわれています。

金栗はその後、各方面から叱責されながら、スウェーデンから日本へ帰国。

しかし金栗は、オリンピック参加を決意したときに、嘉納先生からかけられた言葉を決して忘れてはいませんでした。

「黎明の鐘となれ」

金栗はその後も、オリンピックでの名誉挽回を狙い続けました。

「ベルリンオリンピック」「アントワープオリンピック」「パリオリンピック」への参加を希望。「ベルリン大会」は第一次世界大戦で中止。「アントワープ大会」では16位。「パリ大会」では途中棄権と、ここでも結果を出すことはできませんでした。

それでも諦めることなく、金栗は後進育成のため「箱根駅伝」などの大会を次々と開催し続けたのです。

そして、金栗の不屈の精神は、長い時を経て、ついに花開くこととなるのです。

 


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1936年「ベルリンオリンピック」で、「孫基禎」が、マラソンで金メダルを獲得。「南昇竜」もまた、銅メダルを獲得しています。この結果を耳にした金栗は、涙を流して喜んだと言われています。

 

そして1964年の東京オリンピック、金栗にあこがれてマラソンを始めた「円谷幸吉」は、銅メダルを獲得。

「黎明の鐘」

嘉納治五郎先生が、金栗に託した想い・・・・金栗はもがき苦しみながらも、見事にその想いを実現したと言って良いでしょう。

金栗がつくりあげた「箱根駅伝」。その箱根駅伝から登場した「大迫傑(おおさこ すぐる)」や「設楽啓太(したら けいた)」に代表される選手たち。彼らは2020年「東京オリンピック」で、どのような結果を出すのでしょうか?

それは金栗と同じ「惨敗」なのか、それとも「栄光」なのか。どちらにしても、オリンピックの結果だけで判断してはならないのだろうということを、嘉納治五郎先生や金栗四三先生の人生は、教えてくれているのではないでしょうか。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

  1. 嘉納治五郎先生の名言「柔よく剛を制す」は、もともとは古代中国の兵法「三略」に記されたもの
  2. 嘉納先生の功績としては、オリンピック招致やオリンピック初参加など、柔道創始以外にも、国家の利益になる巨大な功績を数多く残しておられる
  3. 嘉納先生は、自らの教え子だった金栗四三を、日本人として初めて「ストックホルムオリンピック」に参加させた。その際に、金栗に対して「黎明の鐘となれ」と勇気づけた

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました


よろしければ以下のリンク記事も、お役立てくださいませ。

「【金栗四三とは】その生涯と最期!大河ドラマ『いだてん』主人公の物語」の記事はコチラ
「金栗四三の家系図と子孫を画像付きで解説!54年8ヶ月の道のりとは?」の記事はコチラ
「【田畑政治とは】経歴・プロフィールを簡単紹介!その生涯と功績がスゴイ」の記事はコチラ

 

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