井伊直弼とはどんな偉人か簡単解説!井伊家当主の中で最も優秀だった

大老「井伊直弼」は、どんな功績を残したのか?

なぜ偉人とされているのか?簡単に解説

井伊家の歴代当主で最も優秀な名君だった?


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この記事を短く言うと

・井伊直弼は「日米修好通商条約」という「不平等条約」を勝手に結ぶことで、日本を西欧列強の侵略から守った

・直弼は、恵まれない環境でも日々の修行を怠らず、とても優秀だった

・「吉田松陰」と「徳川慶喜」は、井伊直弼を「名君」と呼んで評価していた


井伊直弼の功績!なぜ偉人と呼ばれるのか?

井伊直弼が残した功績とは、どういうものがあったのか?

なぜ直弼は「偉人」として、後世に名を残せたのか?

一言で言えば、井伊直弼がやったことは

「泥をかぶって、西欧列強諸国の侵略から、日本を守った」

具体的に何をやったかというと

日米修好通商条約」と「安政の五カ国条約」

「日米修好通商条約」とは、アメリカと貿易を約束する「不平等条約」

「安政の五カ国条約」とは、アメリカと結んだ「修好通商条約」を、イギリス・オランダ・フランス・ロシアと結び、アメリカも含めて「五カ国」の条約の総称。

条約の締結前・・・幕末の日本は、「ペリー」来港からにより、異国の脅威を間近に感じている状況でした。


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アメリカの外交官ハリスは、日本へ軍事的圧力をかけて「修好通商条約」の締結を迫ってきます。

これを断ったら、日本はアメリカを始めとする西欧列強に侵略されるかも・・・。

実際「清」は「アロー戦争」で列強諸国に侵略され、「天津条約」という不平等条約を締結させられていました。

日本を守るには、「日米修好通商条約」のような不平等条約を受け入れて、侵略を一時的に回避するしか方法がありません。

条約を締結しないと日本滅亡・・・これを理解できたのは「井伊直弼」だけ。

勝手に条約を締結したら「尊皇攘夷(天皇を指示し、外国人を追い払おうとする人々)」に、井伊直弼は猛烈に非難され、下手したら暗殺されるかもしれません。

しかし井伊直弼は、勝手に「日米修好通商条約」を締結!

死を覚悟して、日本を西欧列強の侵略から守るために「不平等条約」を締結したのでした。

独立を守り文明国を維持するか・・・それとも植民地になるか・・・。

西欧列強相手に戦争しても、勝てるわけがありません。

井伊直弼は「不平等条約」を受け入れることで、「半分だけ文明国」というギリギリのところで止めたのです。

不平等条約を勝手に締結するという、泥をかぶることによって・・・。

井伊直弼が勝手に「不平等条約」を締結したことに、強硬派は反発。

それを井伊直弼は弾圧。それが「安政の大獄」・・・この弾圧事件で亡くなったのが「吉田松陰」

安政の大獄で処分され、謹慎処分となった水戸藩の前藩主「徳川斉昭」・・・・それに怒った水戸藩士により、井伊直弼は暗殺されたのでした。

これが「桜田門外の変」・・・・泥をかぶった井伊直弼・・・最期は案の定というわけです。

実は井伊直弼・・・暗殺されることを知っていた節があります。

死ぬ前に戒名を用意していた井伊直弼・・・。

しかも襲撃前日、暗殺の計画があると密告されていたのです。

しかし、井伊直弼は護衛を増やさず、移動ルートも変えず・・・死を決していたとも考えられます。


桜田門外の変の場所など」について、以下のリンク記事で、詳しく解説させていただいております。

↓↓↓↓↓

「桜田門外の変・場所は現在どこ?井伊直弼暗殺の理由をわかりやすく解説」の記事はコチラ

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直弼は非常に優秀だった?

井伊直弼は、非常に頭がよく優秀だったということで有名です。

元々、井伊直弼は「彦根藩30万石」藩主「井伊直中」の「14男」として誕生しました。

兄が13人もいるようでは、いくら大藩「彦根藩」の子に産まれても、藩主にはなれず、死ぬまで居候で終わる可能性が高かったのです。

しかし、それでも井伊直弼は腐ることなく「文武」の訓練を怠りません。

修行の成果か・・井伊直弼はめちゃくちゃ優秀でした。

居合術・槍術の達人

兵学も極め

和歌・絵・能などに堪能

茶道も上手で、「石州流」の一派を確立

禅の修行も怠らず

国学と呼ばれる「和学・古学」をも学びました。

とてつもなく優秀で、しかも領民想い・・・。

そんな井伊直弼・・「棚からぼたもち」の様に、井伊家の家督が転がり込みました。

彦根藩の領民をいたわり、地元彦根では、今でも「名君」として慕われています。


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直弼の評価!

現代において、井伊直弼の評価は当然高いのですが、昔から「井伊直弼」を評価する声は大きかったようです。

当時の日本で、井伊直弼を評価している人が2人います。

その一人が「吉田松陰

安政の大獄で、井伊直弼に処刑された人物。

吉田松陰が言うには

「井伊直弼は、領民を大切にする心を持つ名君」

とのこと・・・。

もう一人、井伊直弼を評価していたのが「徳川慶喜」

「才略には乏しいが、決断力のある人物」

一見するとけなしている様に見えますが・・・徳川慶喜といえば「徳川家康公の再来」と呼ばれる程の天才・・・。

おそらく天才「徳川慶喜」から見たら、「才略には乏しい」のでしょうけども、それでも決断力があると・・・。

相当優秀だったと褒めているのでしょう。

徳川慶喜は安政の大獄で、父・「徳川斉昭」とともに処分されていますから、井伊直弼に恨みがあったはず。

それでも井伊直弼を評価するということは、それだけ直弼が優秀だったのでしょうね。


井伊直弼と井伊直政の関係」について、以下のリンク記事で、詳しく解説させていただいております。

↓↓↓↓↓

「井伊直政から井伊直弼までの家系図を全て紹介!直虎とどういう関係?」の記事はコチラ

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まとめ

本日の記事をまとめますと

・井伊直弼は、不平等条約を結ぶことで西欧列強の侵略から、日本を守りきった

・修行を怠らず、多才でとても優秀だった

・「安政の大獄」で処罰された「吉田松陰」「徳川慶喜」も、井伊直弼を評価していた

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました


井伊直虎と直弼の関係」について、以下のリンク記事で、詳しく解説させていただいております。

↓↓↓↓↓

「井伊直弼と井伊直虎の関係と家系図を一挙公開!子孫は現在公務員?」の記事はコチラ

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