【西郷吉二郎の妻・仁礼園】西郷隆盛の弟を支えた賢妻の生涯がスゴイ

西郷隆盛が「実質的な兄」と呼び尊敬した次弟「西郷吉二郎」

その妻「仁礼園」さんの生涯とは?

血の繋がらぬ子供達を育て上げた賢妻「仁礼園」・・・その姪が「総理大臣」と結婚していた!


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この記事を短く言うと

・吉二郎の妻「園」は、結婚1年後に夫を亡くすが、残された子供を生涯守り通した

・吉二郎の先妻「マス」は、水害による体調不良で他界した

・吉二郎は、「戊辰戦争」の越後戦線で亡くなった


《吉二郎の妻「仁礼園」の生涯》

西郷隆盛が尊敬した次弟「西郷吉二郎

その西郷吉二郎の妻が「仁礼園(にれ その)」さん。園さんは、後に海軍大臣となる子爵「仁礼景範(にれかげのり)」の妹。

1868年、「戊辰戦争」・・・・西郷吉二郎は、その戊辰戦争で命を落とすわけですが、仁礼園さんは戊辰戦争が勃発する1年前「1867年」に、西郷吉二郎と結婚しています。

西郷吉二郎には、園さんとの結婚当時、既に先妻「マス」さんとの間に「美津(みつ)」と「隆準(たかのり)」という二人の子供たちがいました。

この二人を育てたのが「園」さん。結婚してわずか1年で西郷吉二郎さんは亡くなるわけですが、園さんは義兄・西郷隆盛やその妻「糸子」の助力もあって、立派に子どもたちを育てあげています。

大河ドラマ「西郷どん」では、園さんが子供を産んだことになっていましたが、園さんは吉二郎さんの子供を出産していません。

西南戦争のとき、園さんは義姉である「西郷糸子」さんや、西郷の弟「小兵衛」さんの妻、そして彼女たちの子供達と家宰「川口雪篷」ともに鹿児島の西郷家で生活していました。

戦火で西郷隆盛や「小兵衛」さんが亡くなり、かなり苦しい生活を強いられたと考えられます。

ちなみに、彼女と西郷吉二郎の間に子供はいませんでしたが、園さんの兄「仁礼景範」の息子「仁礼景雄」さんは昆虫学者として名を残し、娘「春子」は首相『斉藤実』に嫁いでいます。

斉藤実は「二・二六事件」でダルマ宰相「高橋是清」達とともに亡くなっていますが、春子さんはその後も斉藤実の故郷「岩手県水沢市」で98歳まで生きておられます。


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《吉次郎の最初の妻「マス」とは?》

吉二郎にとって「園」さんは後妻。先妻「マス」さんは1865年に亡くなっています。

大河ドラマ「西郷どん」で、「西郷隆盛」と「糸子」が結婚する際、既に「吉二郎」にはアイドル「柏木由紀」さん演じる「園」という妻がいて、いきなり出産したことになっていますが、実際には違います。

実際には「西郷」と「糸子」が結婚した1865年に、先妻「マス」さんが他界。その2年後に「園」さんと吉二郎が結婚し、その翌年1868年「戊辰戦争」で「西郷吉二郎」さんは戦死しているのです。

「有馬九之丞」・・・・「マス」さんの父親です。マスさんは30歳前後で亡くなっていますが、その死因は、薩摩で勃発した「水害」を原因とする体調不良。

彼女は今「西郷家墓地」で静かに眠っています。


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《吉二郎の最期と、子供のその後》

吉二郎は戊辰戦争・・越後戦線で亡くなっています。

越後戦線は、長岡藩の名将「河井継之助」が率いる最先端の軍がいたため、薩摩軍は苦戦。新潟港という国際貿易港があったため、越後軍の装備は最新式になっていたのです。

「曲渕村・五十嵐川の戦い」・・・・吉二郎は、その戦いで一部隊の指揮をとっている最中に、腰に銃弾を受けてしまいます。

柏崎にある病院へと担ぎ込まれましたが、戦死。享年36歳。

兄、西郷隆盛は戦争の前、「戦死は第一の功名である」と言っていたそうですが、弟の死に絶句したと言われています。

英雄「西郷隆盛」を支え続け弟「西郷吉二郎」・・・その生涯は地味なものでしたが、彼の支えなくして兄「西郷隆盛」と弟「西郷従道」という偉人は存在しなかったでしょう。

吉二郎の子供「西郷隆準」は、西郷隆盛の息子「寅太郎」とともにドイツ留学を果たしています。「寅太郎」の留学は、西郷隆盛を愛した「明治天皇」の御意向だったとのことですから、明治天皇は「隆準」に対しても情けをかけてくださっていたのかもしれません。

ちなみに、下に「西郷隆盛」の家系図を用意いたしました。

「園」さんの名前は載っていませんが、マスさんの死後に吉二郎さんと結婚しています。

「西郷吉二郎」の末裔・子孫についてはわかりませんでしたが、何卒お許しくださいませ。

「家系図の引用などはご遠慮くださいませ」

非常に見にくい家系図となっておりますが、何卒お許しくださいませ。


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《『仁礼園』について、レビュー(評論)!》

わずか1年の結婚生活であるにもかかわらず、西郷吉二郎の子供達を守り通した「仁礼園」さん。

かなりの賢妻と言っていいでしょう。

鹿児島では「西郷隆盛」は英雄として称賛されています。西南戦争で「逆賊」となったにもかかわらず、明治天皇から愛され、わずか十数年で「逆臣の汚名」を挽回され英雄として名誉回復。西郷隆盛が、「西南戦争」という反乱を起こしたのは、「国民のため」「政府の悪政を正すため」と当時から誰もがわかっていたため、英雄として讃えられているのです。

その西郷の功績と名声は、きっと「園」さんや子供達を守ったことでしょう。西郷の甥と姪・義妹として「園」さんと子供達は鹿児島で大切にされたと思います。

吉二郎が亡くなったことで、その遺族には「扶持米70俵」が30年に渡って贈られることとなっていました。西郷の援助もあったでしょうから、生活にも困らなかったのではないでしょうか。


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《まとめ》

本日の記事をまとめますと

・仁礼園さんは、吉二郎の後妻で、後の海軍大臣「仁礼景範」の妹

・仁礼園さんは、吉二郎とマスさんの子供を育て上げた。姪「春子」さんは「二・二六事件」で亡くなった総理大臣「斉藤実」の妻

・吉二郎は、1868年の「戊辰戦争」で亡くなっている

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

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