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熊吉の生涯と最期!『西郷どん』で塚地武雅が演じた西郷隆盛の義兄弟

西郷隆盛につかえた家臣・永田熊吉(ながたくまきち)の「生涯と最期」は、どんなものだったのでしょうか?

わかりやすく解説いたします。

戊辰戦争・西南戦争を戦った歴戦の猛者だった永田熊吉。

西南戦争で西郷菊次郎を救出し、最期は西郷従道とともに暮らしたといわれています。


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この記事を短く言うと

・熊吉とは、西郷家の家人。西南戦争西郷隆盛の息子「菊次郎」を救出した

・父親「熊次郎」が西郷隆盛に仕え、最期は「西郷従道」とともに暮らした

・西郷従道は、熊吉を「兄」と呼んでいた


【熊吉】こと永田熊吉とは何者なのか?その功績を解説

永田熊吉

西郷隆盛に仕えた家人。つまり西郷の家来。

西郷隆盛
『引用元ウィキペディアより』

 

2018年の大河ドラマ「西郷どん」では、芸人「塚地武雅」さんが「熊吉」を演じておられます。


その「永田熊吉」・・・幼い頃から西郷と共に育ち、西郷の弟同然に生活していたみたいです。

「永田熊吉」の功績

「永田熊吉」の功績を、それぞれ一言で表すと、以下の通りとなります。

・西郷隆盛とともに育ち、その生活を支えた

・西郷隆盛に従い、戊辰戦争西南戦争を戦った

・西郷隆盛の長男「菊次郎」の命を救い、西南戦争で政府軍「西郷従道」に投降した。

熊吉は家人ではあるものの、戊辰戦争や西南戦争で負傷するほど前線で戦っています。

「戦えるお手伝いさん」だったということですね


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熊吉の生涯と最期

永田熊吉の生涯と最期を解説いたします。

生い立ち

1835年頃、永田熊吉は薩摩で産まれています。

西郷隆盛の方が10歳前後、年長。

熊吉の父「永田熊次郎」が、元々西郷隆盛に仕えていたので、親子二代で西郷家に仕えていたことになります。

「明治維新」から「西南戦争」まで

1868年、西郷隆盛に従って「戊辰戦争」に参戦。

「長岡山の戦い」で負傷した仲間を救おうと、左太ももを銃弾が貫通。大怪我を負っています。

江戸城無血開城」における「西郷隆盛・勝海舟」の会談にも同行していたらしく、勝海舟から「お寿司」を差し入れされたと、熊吉自身が証言しています。

その後も西郷隆盛に従い、身の回りの世話をしています。

西郷隆盛が「征韓論争」で大久保利通と対立。

大久保利通
『引用元ウィキペディアより』

西郷隆盛が「征韓論争」に敗れ、鹿児島に帰ると、それに従って一緒に鹿児島へ。

そして「西南戦争」が勃発

西南戦争で敗色濃厚となった時、熊吉は西郷と愛加那の息子「菊次郎」を抱えて投降。

投降先は西郷隆盛の弟「西郷従道」のところ。

従道は、菊次郎が生きていたことをとても喜び、熊吉に感謝の言葉をかけたということです。

しかし、菊次郎はこの時の負傷が原因で、右足を膝下から切断。義足生活となります。

ちなみに菊次郎はこの後、「京都市長」を務めています。

西郷菊次郎
『引用元ウィキペディアより』

 

西南戦争の後

西南戦争の後、熊吉はしばらく鹿児島にいました。

1886年、西郷従道に呼ばれて、目黒にある「西郷従道邸」で生活

庭師などをしていました。

「旧西郷従道邸跡」が現存している東京目黒の「西郷山公園」は、熊吉の手で原型をつくられたと言われています。

最期

1900年12月25日、永田熊吉。死去。

享年65歳(または66歳)

青山霊園にお墓があります。


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実は西郷隆盛達から、兄弟として扱われていた!

永田熊吉は、家人とはいえ、長く西郷家で生活していたため、家族同然に扱われていたみたいです。

特に西郷従道は、熊吉を「兄」として慕っていた・・・というエピソードがあります。

西郷従道
『引用元ウィキペディアより』

熊吉が亡くなった後のある日、従道は、

「先日は兄を旅立たせ、残念なことをしました」

と知人にもらしました。

従道の兄は長兄「隆盛」も次兄「吉二郎」も既に他界しているはず・・・。

その知人が「兄とは誰のことですか?」と聞き返すと

「熊吉です」

と涙を流しながら応えたのです。

 

西郷隆盛と喧嘩したエピソードも残されています。

ある日、西郷隆盛の言葉に怒った熊吉が、西郷に対してストライキを起こし、全く口をきかなくなってしまったのです。

数日後、西郷が謝罪して、仲直りしたらしいですが・・・家人が主人に謝らせるなんて、通常あり得ません。

つまり、ただの主従関係ではなく、比較的対等な関係だったのだろうと考えられます。

西郷隆盛は熊吉を弟として、西郷従道は兄として扱っていたのでしょう。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

・永田熊吉は、西南戦争で西郷隆盛の息子「菊次郎」を救い、西郷従道に投降した

・熊吉は、西郷家で育ち、戊辰戦争や西南戦争にも従軍していた

・西郷隆盛も従道も、熊吉を兄弟として扱っていた

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました

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