月照の生涯と海に身を投げた最後を解説!超美男子で西郷隆盛の愛人?

斉彬の後を追おうとする西郷隆盛を説得した僧侶「月照」

その生涯と最期を、わかりやすく解説いたします

とても美しい人物で、実は西郷隆盛の愛人だった?


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この記事を短く言うと

・月照とは、尊皇攘夷運動を行い、亡くなった島津斉彬のあとを追おうとした西郷隆盛を説得した人物

・大坂の医者の息子に産まれ、最期は鹿児島・錦江湾で西郷と共に入水し亡くなった

・林真理子さんの小説「西郷どん」で、西郷と月照は、関係をもっていた


月照上人とは、何をした人?功績とは?

月照上人

幕末の京都で、「尊皇攘夷運動」を行った人物。

美男子で有名な人で、西郷隆盛を救い、後にその西郷と抱き合って、鹿児島・錦江湾へ身を投げたお人

月照
『引用元ウィキペディアより』

月照上人の生涯について、簡単に解説したいと思います。

「月照」の功績

月照上人の功績を、短く解説いたしますと、以下の通り

・「尊皇攘夷」運動を行った

・薩摩藩主「島津斉彬」が亡くなり、後を追って殉死しようとした「西郷隆盛」を説得し、思いとどまらせた

特に「西郷隆盛」を思いとどまらせた功績は、とても大きいです。

西郷がいなかったら「明治維新」も成功しなかったかもしれませんから。

西郷隆盛
『引用元ウィキペディアより』

とはいえこの直後、2人は「錦江湾」へ身を投げているので・・・・西郷がこの時亡くなっていたら、「西郷を救った」という功績も「水の泡」になるところでした。


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月照の生涯と最期

月照上人の生涯と最期を、簡単に解説いたします。

生い立ち

1813年、「月照上人」は、大坂で町医者を営む両親の息子として誕生。

生誕地は「讃岐」・・現在の「香川県」。

1827年、月照上人は10代で京都「清水寺」へ入ります。

1835年、住職に就任

この頃から月照上人は、諸外国の圧力におされる日本を心配し、「尊皇攘夷」運動を行うようになります。

「尊皇攘夷」とは「天皇をかかげて、外国勢力を打ち払う」というもの

その過程で、13代将軍「徳川家定」の後継者として、優秀と評判だった「一橋慶喜」を推す「一橋派」に加担するようになっていきます。

西郷隆盛との出会い

京都で「尊皇攘夷運動」を行っていた月照。

公家の実力者で、尊皇攘夷派の「近衛忠煕」とも親交がありました。

近衛忠煕
『引用元ウィキペディアより』

近衛忠煕といえば、薩摩藩主「島津斉彬」の叔母を妻としているお人。

更には「篤姫」を自らの養女として、13代将軍「徳川家定」に嫁がせたお公家さんの実力者。

島津斉彬は、当時「一橋派」として、次の将軍を「一橋慶喜」にしようと画策していました。

そんな斉彬の手足となって、京都で工作活動をしていたのが「西郷隆盛」

「近衛忠煕」を通じて西郷隆盛と月照上人は、交流をもったのでしょう。

2人は「一橋慶喜」擁立のために、協力し合う関係となっていきました。


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安政の大獄

1858年、「安政の大獄」が始まりました。

13代将軍「徳川家定」が亡くなり、「井伊直弼」が幕府の臨時最高職「大老」に就任

次の将軍を「徳川家茂」に定め、「一橋慶喜」を謹慎処分とします。

更に、「尊皇攘夷派」「一橋派」を次々と弾圧。

月照上人もまた、安政の大獄で「井伊直弼」に追われる身となりました。

西郷は月照上人を保護するために、月照を連れて薩摩藩へ逃亡

薩摩藩に「月照」の保護を求めました。

しかし、薩摩藩の実権を握った斉彬の父「島津斉興」は、幕府に従うことを決断。月照の処刑を決定してしまいます。

そんななか、西郷は自らの命を救ってくれた月照を、見捨てられずにいました。

最期

1858年、月照上人は「日向国(宮崎県)」へ向かう船の中から、鹿児島・錦江湾に、西郷隆盛とともに入水。

月照は亡くなります。享年46

ちなみに安政の大獄で、月照の弟「信海」は、牢獄内で亡くなっています。

西郷隆盛だけは一命を取り留め、幕府からの追手を逃れるため「奄美大島」に偽名を使って潜伏

西郷は月照を救えず、自分だけ生き残ったことを恥じて、「土中の骨」と自らをあざけったと言われています。

そんな西郷・・・二人目の妻「愛加那」によって、人間らしさを取り戻していくわけですが、どんなときも「月照」を忘れられずにいたのでしょうね。


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西郷隆盛の愛人?原作「西郷どん」での活躍に絶句

一説によると「月照上人」と「西郷隆盛」は、愛人関係にあったとも言われています。

男性同士の関係・・・実は歴史上それほど珍しくありません。

織田信長」と「前田利家」

徳川家康」と「井伊直政

など、結構たくさんの同性カップルが存在しています。

月照上人は、絶世の美男子とも言われていますので、西郷隆盛と関係があっても不思議ではありません。

大河ドラマ「西郷どん」の原作、林真理子さんの小説「西郷どん」も、月照上人と西郷に関係があった説を採用しています。「島津斉彬」を亡くし、絶望する西郷・・・後を追うつもりの西郷を、月照は慰めるわけですが、その際に一夜を共にしているのです。

2人は、錦江湾へ身を投げる際に、しっかりと抱き合っていたとも言われています。

史実でも、2人はそういう関係だったのではないでしょうか。

西郷どん・・・・原作では「月照」と「西郷」の間柄は、夜を共にするものとして描かれているものの、大河ドラマでは、さすがにその辺を避けて描いていました。

・・・個人の意見ですが、ちょっとホッとしました。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

・月照上人とは、斉彬の後を追おうとしていた西郷を説得し、思いとどまらせた「尊王攘夷派」の僧侶

・月照は、大坂の町医者の息子にして、清水寺の住職

・西郷とは愛人関係にあったという説もある

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました


月照」「西郷隆盛」について、よろしければ以下のリンク記事も、お役立てくださいませ。

↓↓↓↓↓↓

「月照上人と西郷隆盛の関係を解説!2人は恋人同士で無理心中疑惑が?」の記事はコチラ
「西郷隆盛の生涯年表を世界一簡単にまとめてみた!」の記事はコチラ
「西郷隆盛の家系図を調査!子孫はカフェ経営やタレント女医の夫に?」の記事はコチラ

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