【徳川家定とは】脳性麻痺でうつけだった!又吉の名君覚醒は絶対ない

第13代将軍「徳川家定」について解説します

史実上、家定は「名君」だったのか?それとも「うつけ(バカ殿)」だったのか?

大河ドラマ「西郷どん」で家定を演じる「又吉直樹」さんの「名君覚醒」はあり得ない


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この記事を短く言うと

・徳川家定は「退場寸前」のうつけで、「脳性麻痺」の疑いもあった

・妻「篤姫」との間に子供がいなかった原因は、家定が病弱だったため

・大河ドラマ「西郷どん」で「家定」を演じる「又吉直樹」さんは、ドラマ「篤姫」の「堺雅人」さんのように「名君覚醒」しない


徳川家茂は真のうつけ!脳性麻痺だった!

徳川幕府13代将軍「徳川家定」(1824~1858)

将軍在位(1853~1858)

12代将軍「徳川家慶」と、その側室「本寿院」の子

家慶の四男で、元々は家督相続する予定ではなかったのですが、兄妹たちが次々と夭折したため、13代将軍に!

とはいえ、家定は幼い頃から能力が乏しいと言われていたお人だったのです。

そのため父「家慶」は、自分の後継者には優秀と噂の「徳川慶喜」を指名しようと画策。

水戸藩の七男だった「徳川慶喜」は、そのままでは将軍に指名できないため、将軍後継の資格を持つ「一橋家」に養子になります。

この「慶喜の一橋家への養子」は、家慶が画策したものとされています。

しかし、阿部正弘が「徳川慶喜」を後継者とすることに反対したため、実子「家定」が13代将軍となったのでした。


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13代将軍「徳川家定」、相当な「うつけ」と言われています。

「福井藩主」だった「松平春嶽」は、家定を「凡庸の中でも最も下等」と、かなり酷評

挙句の果てには、料理が趣味だった家定を「イモ公方」とあだ名していたほどでした。

アメリカ総領事「ハリス」との謁見に際しては

「アメリカとは長い友好を望んでいる、そのようにアメリカ大統領に申し述べよ」

と、毅然とした態度で言い放った・・・・のですが、その前後に激しく足を踏み鳴らすという癇癪(かんしゃく)を起こしています。

突然癇癪を起こすというのは、「脳性麻痺」の症状

そのため、家定は「脳性麻痺」だったという説があります。


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子供がいなかった理由!かなり病弱だった

天璋院篤姫
『引用元ウィキペディアより』

徳川家定の後継者は、従兄弟にあたる「徳川家茂」です。

家定には子供がいませんでした。

なぜかというと、かなり病弱だったため、子供など出来なかったのです。

相当に病弱だったため、いつ亡くなってもおかしくない状況だったのだとか。

挙句の果てには、家定に嫁いできた正室(正妻)は、2名立て続けに若くして亡くなってしまっています。


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篤姫輿入れの理由は「縁起がよい」から

それでも世継ぎを求めた幕臣や、家定の母「本寿院」は、ついに縁起を担ぐことにしたのです。

正室に求める条件として「縁起がよい」ということ。次に「病死したりしないように、丈夫である」ということ

この条件にピッタリだったのが薩摩藩島津斉彬の養女「篤姫」だったのです。

実は、家定の祖父「11代将軍・徳川家斉」は、「オットセイ将軍」と呼ばれるほど「子沢山」な将軍でした。

正室・側室に、合わせて「53人」の子供を産ませているのです。(成人まで生きたのは28名)

その正室が「広大院」という、薩摩藩出身の姫だったのです。

これにより「薩摩藩出身の姫」は「縁起がよい」とみなされていたわけです。

更に、篤姫は健康丈夫な人で、簡単には亡くならないだろうとも言われていました。

一説には、篤姫が家定に嫁いだのは、父・島津斉彬が

「次期将軍に一橋慶喜を擁立するため、その内部工作の工作員として篤姫を送り込んだ」

と言われていますが、最新の研究では、「一橋慶喜擁立」の説は否定されており、単に「世継ぎを期待されて」の結婚だったと、考えられています。

実際、篤姫は「一橋慶喜」を相当に嫌っており、将軍に就任した14代将軍「家茂」を、かなり可愛がっていたようですからね。

父・島津斉彬は「一橋派」でしたが、娘・篤姫は「家茂」を推す「南紀派」でした。

「慶喜擁立」は、後世の創作なのでしょう。

しかし、丈夫な篤姫が嫁いでも、子供が産まれることはありませんでした。

結婚してわずか21ヶ月後、家慶は突然この世を去ります。

享年35歳。

死因は「脚気」、または感染病の「コレラ」と言われています。

一説によると「一橋派」による暗殺とも言われていますが、それにしては次の将軍は「一橋慶喜」ではなく「徳川家茂」ですからね。結果が伴っていないので、一橋派による暗殺の説は、可能性が低いと考えられます。


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「西郷どん」の家定は「名君に覚醒」しない

大河ドラマ「西郷どん」では、芸人にして小説家「又吉直樹」さんが「徳川家定」を演じて、話題になっています。

家定の奇行ぶりを見事に演じ、結構評判が良いのです。

そんな「家定」ですが、宮崎あおいさんが主演を務めた大河ドラマ「篤姫」にも登場していました。

その大河「篤姫」で、「家定」を演じたのが俳優の「堺雅人」さん

そしてそのドラマ「篤姫」の設定では、

「家定は、バカ殿のフリをしているだけで、実は聡明な名君」

ということになっていました。

では、「又吉直樹」さん演じる「家定」も、名君として覚醒するのか?

結論から言ってしまうと、それはありません。

なぜなら、家定が「名君として覚醒する」という設定が、林真理子原作の小説「西郷どん」には存在しないから。

史実においても、徳川家定は、「押し込め(殿様幽閉)」寸前の人物だったとされているのです。

又吉直樹さんがインタビューで、家定についてこんなことを語っていました。

「今回の家定は、優しさを抱いた人物です」

確かに、「西郷どん」における家定は、篤姫に対して随所に優しさを見せます。

北川景子さん演じる「篤姫」に対して

「御台(篤姫)とは、幾久しく友好を保ちたい」

と言ってみたり。

篤姫から、次の将軍職には「一橋慶喜」が良いと推薦されると、それまで一橋慶喜を嫌っていた家定でしたが、一橋慶喜が将軍になれば、篤姫が平穏に暮らせると知ると

「余の次(の将軍)は一橋じゃ」

と即決。

「西郷どん」では、名君として覚醒はしないものの、ドラマ内では優しさを胸に秘めた、小さな名君として描かれているようです。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

・史実上「徳川家定」は「脳性麻痺」の疑いがあるらしい

・家定に子供がいなかったのは、あまりにも病弱だったため

・ドラマ「西郷どん」の「家定」は、ドラマ「篤姫」の「家定」のように「名君への覚醒」はあり得ない

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました


徳川家定」「家茂」について、よろしければ以下のリンク記事も、お役立てくださいませ。

↓↓↓↓↓↓

「徳川家定の「怪しい最後」と生涯!篤姫との夫婦仲はドラマと違い最悪」の記事はコチラ
「篤姫と徳川家定の夫婦仲は最悪?夫はイモ公方と呼ばれたバカ殿だった」の記事はコチラ
「徳川慶福とはどういう人?将軍就任と同時に『徳川家茂』へ改名した理由」の記事はコチラ

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