島津斉彬がロシアンルーレットやったのは本当?史実や起源を徹底調査

大河ドラマ「西郷どん」

「渡辺謙」さん演じる薩摩藩の若殿さま「島津斉彬」が、父「斉興」を相手に、まさかの「ロシアンルーレット」

史実でも、ロシアンルーレットをやったの?

ロシアンルーレットの起源も調査してみました!


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この記事を短く言うと

・史実で島津斉彬が、ロシアンルーレットなんてしているわけがない

・ロシアンルーレットは、1840年・ある詩人が残した作品に登場したゲームが起源

・「西郷どん」という作品を盛り上げるために、ロシアンルーレットというあり得ない方法を大河ドラマに採用したのだろう。


島津斉彬がロシアンルーレット!これは事実なの?

大河ドラマ『西郷どん』で、薩摩藩の嫡子「島津斉彬」が、いつまでたっても自分に藩主の座を明け渡さない父「島津斉興」に対して、まさかの「ロシアンルーレット」を強行!

ロシアンルーレットとは、回転式拳銃(リボルバー拳銃)に一発だけ弾丸を込め、二人以上の人間が順番に、こめかみに当てたピストルの引き金を引くゲーム

ロシアンルーレットで引き金を引くことが出来なかった父『斉興』は、隠居を決断!

しかしそれに反発した「島津久光」の母「お由羅」は、斉彬に向かって引き金を引き、まさかの発砲。

ロシアンルーレットは、斉彬のハッタリではなかったことが、実弾発射によって明らかになった・・・。というシーンでしたが・・・。


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当然ですが、史実上「島津斉彬がロシアンルーレットをやった」という事実はありません。

そもそもこの時・・・1851年2月、島津斉彬は、薩摩にいませんでした。

当時の江戸幕府による法律では、藩主の嫡子と正妻は、人質として江戸に住んでいなくてはならなかったはず。

嫡子「島津斉彬」は、江戸にいたはずなので、父・斉興と一緒にいるはずがない・・。

ドラマでは「影武者を江戸に置いていた」という設定になっていますが、そんなはずないのです。

そもそも、ロシアンルーレットの起源を調査してみたところ、斉彬のロシアンルーレット説は可能性が低いことが判明しました。ロシアンルーレットの起源について、詳しくは、以下の解説を御覧くださいませ。


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ロシアンルーレットの起源とは?

ロシアンルーレットは、帝政ロシアの詩人「ミハイル・レールモントフ」が発案したものと考えられます。

1840年の自らの作品「現代の英雄」にて、ロシア軍セルビア人将校が、銃口を額に向けて引き金を引く・・というシーンが描かれているのが初出。

このときは「ロシアンルーレット」などという名前も出てきませんでした。

さらに、1917年・・日露戦争後、ロシアのロマノフ王朝が、ロシア革命で崩壊し、ルーマニアに駐屯していたロシア軍将校が、ヤケになって始めたのが、「このゲーム」だと・・フランス外人部隊に所属していたロシア人将校が証言していました。

正式に「ロシアンルーレット」という名称が登場するのは「1937年」・・・ロシアの「ジョージ・サーデス」という作家が書いた短編小説が最初でした。

つまり、ロシアンルーレットが考案されたのは、記録上「1840年」・・。

島津斉興が隠居し、息子斉彬が藩主に就任したのは「1851年」

当時国交がなかった日本とロシア・・・ロシアンルーレットが日本へ伝わっていたとは到底思えません。

まず間違いなく創作でしょうね


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なぜロシアンルーレットをやったことになっているの?

それにしても、どうしてロシアンルーレットをしたことになっているのでしょうか?

単純に考えると、そのほうがドラマ性が上がって面白いから!ということでしょう。

確かに面白かったです。

しかし史実上、事情を調査してみると、斉彬がロシアンルーレットをする必要などないことがわかります。

島津斉興が息子・斉彬の藩主就任を嫌がっていたのは確かです。

その事情は2つありました。

1つが、斉彬が「西洋文明」に強い関心を持っていたため。

斉彬の曽祖父「島津重豪」は、西洋文明に強い関心を示し、めちゃくちゃに浪費して藩の財政を傾けました。

重豪は、曾孫の「斉彬」を可愛がり、その影響もあって斉彬は西洋文明に強い関心を示したのです。

斉興は、重豪が傾けた藩の財政を元に戻すことに苦心。苦労の末、財政をやっとのことで再建。

斉興からすると、斉彬がまた「薩摩藩を傾けるのでは?」と心配だったのです。

 

もう1つの事情が「官位」。これが、ロシアンルーレットなどする必要がない理由となります。

島津斉興は、「従三位」の官位を欲していました。

しかし、隠居しては、その夢も叶いません・・・・・と思っていたら、隠居しても官位上昇はできる!という事実が判明したのです。

それを知った島津斉興は、案外あっさりと隠居して息子・斉彬に位を譲りました。

官位に執着していた斉興・・・・あっさりと隠居した事実からして、ロシアンルーレットをする必要はなかったはずなのです。


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まとめ

本日の記事をまとめますと

・島津斉彬が、斉興とロシアンルーレットなんてできるはずがない

・ロシアンルーレットの起源は1840年、詩人「ミハイル・レールモントフ」が残した作品による・・・

・「西郷どん」という作品を盛り上げるために、島津斉彬によるロシアンルーレットを採用したのだろう

以上となります。

本日は「レキシル」へお越し下さいまして誠にありがとうございました。

よろしければ、また当「レキシル」へお越しくださいませ。

ありがとうございました
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「島津斉彬とは誰か簡単解説!西郷隆盛との関係や最期・死因の謎とは?」の記事はコチラ
「島津久光と久光製薬の関係とは?花火や寺田屋事件のエピソードご紹介」の記事はコチラ

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